[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
錯乱した葉から記憶を辿れないのならば、目の前の男から透視する他なかった。
地を蹴り男の元に到達するのは一瞬。
わざわざ兵部にサイコメトリーをするように促し近接を誘うくらいなのだから何か罠があると踏んだのだが取り立てて抵抗もなかった。拍子抜けする程あっさりと一撃でいなし男の頭を掴む。
触れた瞬間からサイコメトリーを発動した。
《の……ことを教えて……たら、……あげるよ》《そんな……方が聞き……》《……スパーから……情報……るのが難……いと……のは……あれだけ……苦痛で揺……》《……うちのボス……こいよ》《心さえ……壊……なん……やるよ》《…君の……はこんな顔……》《そんな……がなんだって……》《……透視は……見せ……あげ》《こんなに……玩具……君を……パンド……手にい……愛がって……さ》
なだれ込む膨大な情報と情景は早回しのフィルムのように兵部の内に入り込んだ。
見ていて気持ちの良いものではないが、この程度なら大切な子供をここまで傷つけた真実にはほど遠い。兵部が透視を続けると情報の渦は事実を巻き込み加速度的に真実に近づいていく。
《ね、中々似合うだろう?》
《薄汚ねぇ三流野郎の分際で、アイツを》
《葉も僕のこと好きだったんだろ?》
《……俺に触んな……!》
《きっと僕もそう思ってただろうね》
《嬉しいだろ?君の好きな『僕』に犯されてるんだぜ?》
《ち、違っ……やめろ…!》
そこまで読み取ると、兵部は歯がみして顔をあげた。
こいつが、ヒュプノで僕の姿を借りて、葉を。
今の状況が文字通り「最」悪だと思っていたのだが、その予想はあっさりと裏切られたのだった。
ありったけの憎しみを据えて睨み付けたが今まさに兵部に透視されている男は意に介した様子はなかった。もっと見ろ、といわんばかりに唇をつり上げた。
凄惨な情景が高密度の情報に圧縮されて兵部を襲った。
《やれやれ、ようやく落ちたか。これでだいぶ透視しやすくなったよ。》
《従来のECMは効かない体質。ただし老化において疾患が――》
《ない……。絶対に、させない……》
《な、馬鹿なっ!》
サイコメトリーにより得た情報の切れ端が一つの映像のように兵部の中で再構築され、他人の記憶という構造物を作り上げる。決壊したダムのように勢いよく流れ込んだ映像は、葉が意識と記憶を失ったあとの情景までも伝えてくれた。
情報を読み取らせないために故意に記憶中枢を麻痺させた葉が意識を取り戻したのはわりとすぐのことだったらしい。ただし、記憶の全てをなくしたあとも、男は『兵部』の姿のまま、葉を惨いやり方で嬲り続けていたのだった。
見たくはないが、見なければいけない。兵部はかまわず透視を続けた。
自分が誰かもわからない、記憶を無くした子供は驚きの色で瞳を見開き、現状を理解するだけの余裕もない間に押し寄せる苦痛に涙がぼろぼろと頬を伝う。
与えられる行為は同じはずなのに葉の様子は傍目にも違って見えた。記憶をなくすまえの、憎しみに裏打ちされた少年の強がりとも言える気丈さはなりをひそめ、そこにあるのはただ、何が起こったかわからず戸惑う迷子の子供のような、痛ましいいあどけなさだった。
そして再び完全に意識を失った葉をひとしきり苛むと、男は体を離し、『兵部』から本来の姿に戻る。
その姿は――
「……そういうことか」
透視は、実際にはほんの一瞬だった。
永遠に続くかと思われた悪夢は、刹那の瞬間に叩き込まれた高密度の情報が見せた幻にすぎなかった。
悪夢から覚めた時の浮遊する乖離感に良く似た天地が逆さまになるような錯覚は比喩でなく兵部の足元をぐらつかせた。胃に迫り上がる不快な吐き気を押し殺し男の頭蓋を掴む手に力を加えた。
「……言え。本物の……、首謀者はどこにいる」
透視した兵部にはすぐにわかった。
この建物に一人残って兵部を待ち受けていた男は、葉に制裁を加えた本人ではなかった。
今自分がありったけの憎しみで睨み見下ろす男よりも、もう少し若く数段陰湿で冷酷な容貌の男性が首謀者。目の間にいるのは、端から一部始終を見ていた、使い捨てられた部下に過ぎなかったのだ。
「本物はさっさと尻尾巻いて逃げ出したってわけか。そりゃそうだ、たかが精神感応者風情が僕に敵うはずもないものな。これ以上使い道のないこの子と、自分の部下を囮にするとはね。僕をここにおびき寄せあわよくば――」
頭部にサイコキネシスで相当な圧力をかけられているはずの男は、くぐもった笑い声をあげると兵部の言葉を遮る。
「そうだ、その通りだ。お前にはここで死んでもらう――ッ!」
カチリ、と小さな音が空気を震わす。
手榴弾の安全ピンが外れた音。もしくは近接型爆破装置のスイッチが入った音。
そのどちらかと判別する間もないまま、けたたましい音と爆風が巻き起こった。
――――
命令通り兵部から少し離れた背後で成り行きを見守っていた真木の目には、突如兵部がオレンジ色の炎に包まれたように見えた。そして墨よりも黒ずむ厭な色の煙。兵部が男から何を透視したのかはわからないが、自分に出来ることと言えばたった一つしかない。頭で考えるよりも早く体が動いた。
瞬間移動能力者ではないから、移動は物理的なものだ。
大きく伸ばした炭素繊維の翼が、煙の中で熱風に絡め取られる兵部を捕まえ安全なところに引き寄せる。
「げほっ……ごほっ……」
「大丈夫ですか?!」
「コホっ…うん、平気。ちょっと、……気管に入って……ウェっ…ぐっ」
真木の腕の中で盛大に咽せる兵部はまるで蒸気機関車のように口の中から黒い煙を吐き出して体を丸めていた。
「一体何が……」
「あいつ、僕を巻き込ん……自爆……っ」
一般の戦場で使われる兵器程度で兵部に致命的なダメージを与えることは不可能だが、至近距離、まして予期しない反撃に顔中煤だらけだった。白いシャツの一部は切り裂け焼け焦げ、その下の皮膚はわずかだが火傷もしているようだった。赤黒くなった傷跡がシャツを深紅に染めていた。
自分がついていながら、と真木は歯がゆさに奥歯を噛みしめた。
おまけに、これで呆気なく終わるというのも腑に落ちななかった。大切な弟分と守るべき兵部まで傷つけられたのに、怒りの向ける場所を失ったのに等しかった。
しかしこんな中途半端な落とし前でで気が済まないのはむしろ兵部のほうであるはずだ、と真木は考え、ひとまずは先のことに目を向けることにしたのだった。
「こんな所は一刻も早く――」
「違う。死んだのは、例の組織の黒幕じゃなかった……ここで待ち伏せてたのはただの捨て駒のようだよ」
「……どういうことです?」
真木は黒い墨になった原型を留めない死体をちらりと見た。
呼吸がだいぶ落ち着いたららしい兵部は真木の腕を押しとどめて自由になると、紅葉に抱かれたままの葉の寝顔を見た。
「……帰ってから話すよ」
真木はまだ言い足りないことがあったが、口を開きかけた時、もう一つの異変に気付いた。
「天井がっ……!」
1度目の爆破とは比べものにならない規模の爆音は地鳴りのようだった。ばらばらともろくなったコンクリートの天井がくずれかけ雪か雹のように降り注ぐ。
1メートル四方の塊が真上に落ちてくる。サイコキネシスでなんなく軌道を変えると、地下奥深くのこの実験施設は雪崩のように崩壊する。これ以上塵による空間ノイズが大きくなればテレポートは難しい。
逃げた首謀者の手がかりが残っているかもしれないここを放棄するのは惜しかったが、これ以上長居は出来なかった。
地上へ。
兵部の指先が馴れた手つきで空間を撫でると、四人の姿は崩落する建物から跡形もなく消え去った。
――――――
地上は雨が降っていた。
サアサアと、薄い紗が垂れ下がったような雨は静かなベールのように泥と埃を洗い流す。
雨が土と打つ音しか聞こえない。
月も見えない真っ暗な闇の中、灰色の雲がバカに明るく、まるで映画のセットの一部のようだった。
兵部はあたりをぐるりと見渡し、仲間の無事を確かめる。誰も何もしゃべらなかった。
それほど寒くはなかったが、ぐっしょりと濡れて張り付いたシャツは不快だった。
「少佐、このままではあなたも風邪を引いてしまいます」
真木はいつまでも自失したように立ち尽くし動かない兵部に見かねて声をかけた。ついでに、爆発で破れかけたシャツだけの兵部に自分のスーツの上着も着せようと1歩近づくと、兵部はようやく口を開いた。
「「家」に帰ろう。……紅葉、空間固定で雨をカットしてくれ。それでテレポートする」
「了解でーす」
長身の彼女が葉を横抱きに抱えたまま立ち上がる。彼女も心を痛めているようだったが、努めて明るい声を出す健気さに兵部は苦笑した。
「あ、そのまえに」
「どうしたの?」
「葉を貸して。僕が連れていくよ」
「だめよ、少佐だって酷い怪我してるじゃない」
「そうですよ、それなら自分が運びます」
言いながら髪を伸ばして形作った二本の炭素の腕で葉を体ごとくるもうとした真木を、兵部が無理に押しとどめた。
「いいんだ。僕がこうしたいんだから」
「あなたがそうおっしゃるなら」
しゅる、と作りかけた炭素の腕は引っ込み、兵部は葉を抱きかかえた。身長差を考えれば自然とは言えなかったけど、気持ちの上ではいつまでも手のかかる小さな子供だった。
サイコキノで雨を幾らか遮断するが、すでにずぶぬれの体には大した意味もなかった。
いつも周囲がはらはらしているのを知ってか知らずか、幹部にあるまじき行動で兵部に食ってかかる、体ばかりが大きく育ったやんちゃな末っ子。ぐったりと眠ったままのあどけない頬は年以上に幼く見えた。両手がふさがったまま、涙か雨かわからない雫が伝う頬に唇を落とす。
「ありがと、真木。……それにこの子が目を覚ましたら、多分僕は、もう二度とこうして抱くことをこの子に許してもらえないと思うからね」
真木と紅葉は訝しげに顔を見合わせるが何も言わなかった。
頬を寄せて養い子を抱きしめる。
冷え切った体に少しでも体温がうつるように、少しでも、自分の思いが届くように。
あるいは、兵部の力で記憶を修復すれば、それで全て元通りになるかもしれない。
しかし兵部は葉が自分に向けた脅えきった瞳を忘れることは出来そうになかった。
あれをしたのは、「自分」なのだ。
もう二度と抱きしめることができなくても。
――今度は僕が君を守るよ。
兵部の落とした囁きは、雨に遮られておそらく二人には届いていない。
届いていたとしても、真意を説明するのは今の兵部には困難だった。
Kids Nap―キズナ―9
ようやく前半戦終了!次回から話が動きます
しかしまだハッピーエンドは遠い\(^o^)/のんびり付き合ってくださると嬉しいです。
あっハッピーエンドってのは色々あるけど葉が記憶取り戻してぎゃーぎゃー少佐とケンカしあえるくらいになるまで、って感じです。
お気に召したらぽちっといただけたら嬉しいですv