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「ハッ、ハァ、あのね、少佐大変よ……!」
変則テレポーターの少女が夜を駆け、学生服の少年の元に舞い降りた。宝石箱をひっくり返したような光が零れる東京の夜景を見下ろす、高い鉄塔の上。兵部は車のヘッドライトとハイウェイが織りなす光の川を睨み見下ろす。傍らに立った澪には、兵部の表情は逆光になって見えなかった。
「……ああ、知っている。さっきから葉の思念波が途絶えたままだ」
「あ、あの、少佐、ごめんなさい。囲まれて、動けなくて、私だけ戻って来ちゃって……」
ボスの低い声に滲む憔悴に気付いた澪が必死で言葉を連ねる。落ち着きなくひょこひょこと動く小さな頭に、兵部は手を乗せた。
「澪が無事に帰還しただけでも僥倖さ。とは言えもうこの件からは手を引け。一段落するまではコレミツと一緒にいろ。先に僕らの家で待っていてくれ。必ず葉を連れて戻るから」
もう行け。と優しく肩を叩くと同時に澪の姿がかき消える。
「手間かけさせやがって――あのバカ」
闇に点在する光の何処かに、我が子のように大切な養い子が無事にいることを願って、精神感応を使った呼びかけに集中する。
下界の騒音はここまでは届かない。
信号機が指揮するクラクションに街灯テレビのメロディ。人と人とのざわめきが綯い交ぜになった喧噪が、ビル風の唸りに姿を変えて兵部の足元をくすぐった。
僅かの時間を置いて、兵部の傍らの空間が再び歪んだ。
「真木、紅葉」
もう二人の養い子、直属の側近がテレポートで現れる。
「だめです、こちらも見つかりません」
「あれだけの集団なのに、証拠も残さずかき消えたわ」
「いや、君たちはよくやってくれたよ。ECMを使った一斉射撃、潜伏していたビルの崩落、あれだけ用意周到にやられたらお手上げさ」
兵部は肩を竦めてごく軽い口調で嘯いた。相手がノーマルだけだと侮り、囮を使っておびき出すという穏便な手段を講じたたことが仇となった。最初から、敵を捕まえ拷問でもなんでもして強引に吐き出させればよかったのだ。
幾重にも張られた罠にみすみす突っこんでいったのは自分たちの方だったようだ。
「力のないエスパーばかりを背後から狙った姑息な集団だが、それ故逃げ回るのは得意ってことか」
「待ち一辺倒のヒットアンドアウェイとはね。葉短気だから無茶してなければいいけど」
紅葉はその時の状況を思い出しながら眉をひそめる。葉が拉致された瞬間を、応戦しながら近隣の上空から目撃したのは紅葉だけだった。闇から現れた能力者(おそらくテレポーター)がふいをつかれた葉を乱暴に空間からはじき飛ばした。消えた先はわからなかった。
「はは、紅葉に言われたらお仕舞いだな。君も相当なもんだぜ?この状況から見て、殺されていることはまずない。調子のいいあの子のことだ、きっとのらりくらりうまく生き延びてるさ」
「だと、いいんですが……」
それは希望的観測。葉の性格を少しでも掴んでいる者ならば、これが最悪の状況だと薄々理解する。
(頼むから、無茶だけはしてくれるなよ)
地上の星と対称的に都会の空には星が見えない。ガスとスモッグで薄汚れた空は振り返らず、三人は地上へと降りて行った。
――――
「こんなことをしても無駄だ。俺は何もしゃべんねぇし、すぐに俺の仲間も到着する」
ふわふわの柔らかい髪の毛は、今や乱暴に踏みつけられ無残に汚れていた。幼いころからその能力で自由に空に浮かぶのが何よりも好きだった葉には、地に這い蹲るのはこの上ない屈辱だった。
「はは、それは残念だ。君にはなんとしても情報を渡してもらうし、ここはもともとESP研究の軍事施設だ。たとえレベル7のテレパスにも君の思念波を辿ることは出来ないさ。それよりも、さっさと話して楽に死ねる方法を考えた方が身のためだと思うが?」
サッカーボールを蹴り上げるような動きでつま先を腹にねじ込まれる。後手に縛られたままの恰好でESPも封じられたままの危機は相変わらずだ。抵抗する術もない葉の身体は大きく跳ね上がり宙に浮く。
コンクリートの床で二三度バウンドして動かなくなると、間髪入れずに再び別の男に蹴り上げられた。地に伏す葉から見える範囲にだけでも4人はいた。
「ぐッ……、、ん、ツふ、」
相手の立ち位置から予想し腹筋に力を入れて身構えていたので、見た目よりも痛みはなかった。
「ク、ッ…はァッ、拷問でもする気かよ」
「いたぶるという意味では悪くはないがね、あまりに非効率的だ。それはひとまず後にしよう」
何か指示をしたのか、葉の身体が背後の男達によって持ち上げられた。肩から腕の裏を掴まれ、上腕を引き上げられる。手首を固定されているためその体勢は長く続けられれば脱臼しそうな程の痛みを伴う。
「はな、せ……ッ!」
乱暴に立ち上がらせられ、一旦手首を繋いでいた手錠のロックを外される。しかし超能力は使えない。ご丁寧にも右手と左手に新たに一つずつ輪をかけられ、空いた片方ずつを壁に走る鉄パイプに括り付けられた。腕を頭上に掲げ、右手と左手を緩く離されつり下げられる。万歳よりはまだ余裕があるがそれでも抵抗はますます困難になった。
「随分良い格好だな」
「猿山のボスなあんたには負けるね。ダークスーツってやくざかよ」
この姑息な反エスパー組織の中で、目の前のやたら饒舌な男はボス格のようだ。葉に言わせるなら「猿山のボス」ではあるが。
「口に効き方には気をつけたほうがいい。そのESP錠にはいつでも通電できることを忘れるな」
(おまけにサディストかよ……最悪だ)
覚悟さえすれば痛みは薄れる、というのはあながち精神論ではない。元より精神の力で物体を動かすことに長ける念動力者には耐性があった。
「…ッ……ンッ!」
細胞が焼け焦げ肉が熱感で引きちぎれるような衝撃にも決して声を挙げないことだけがもはや葉に残された最後の抵抗だった。
「で、俺から何が聞きたいんだ?」
衝撃が止み、荒いだ呼吸を充分に調えてから葉は男を睨んだ。
「ほう。やけに素直だな。よほど『お仕置き』が堪えたかな?」
「まーね。ボスの好きな食べ物とか、ペットの名前とかならいくらだって教えてやるぜ?」
葉は唇の端を引き上げ悪戯めいた笑みを浮かべる。挑発的な仕草に男は激昂することもなく、反対に小さく感嘆の声をあげた。
「そういえばまだ、君の名前さえ聞いてなかった」
「……あんたに名乗る名前はない」
「だろうな。君なんて小僧かガキで充分だ」
その言葉に葉が反応しかけた時、薄暗い部屋の扉が開き手下らしき男が入ってきた。ボスに耳打ちをする。廊下から光が漏れ、部屋の細部が見て取れた。積み重ねられた鉄の機械、壁を無数に走る剥き出しの電線、パイプ、どうやら、何かの作業場の一室のようだった。
「どうやら部下はうまく撤収したようだ。君の仲間にここを探り当てることは絶対に出来ない。あきらめるんだな」
男はくつくつと声を潜めて笑うと、葉の頬を指先だけを使って撫でた。
「……俺にさわんじゃねー」
顔を目一杯反対側に背けるが、すぐに片手で掴まれる。頬から首筋を上下に行ったり来たりする手に肌が粟立つのと同時に感じる、違和感。ただしそれは葉にとってはなじみ深い「違和感」だった。
「てめぇ」
「おや、気付いたか。そうだ私はサイコメトラーだ。見ての通りの戦闘向きではないがね」
だったら力尽くで聞き出す必要はないじゃないか、と毒づく。
しかし。
「てめぇのレベルが幾つか知らねぇけどサイコメトリーが効くわけねぇだろ。こっちは人の弱みを透視ちゃおちょくるのが好きなお調子者のボスのところで毎日鍛えられてんだぜ」
今頃少佐たちは心配しているのだろうか、と葉は心の片隅に兵部を思い浮かべた。あとでお説教されることを思えば、ここでこれ以上失態を重ねるわけにはいかなかった。
大丈夫、きっとすぐに少佐が来てくれる。せめてその時に格好悪い姿を見せないために、と葉は気を引き締める。大切な仲間を思い浮かべるだけで封じられた力の源泉が少しだけ息吹を吹き返したような気がした。
「なるほど。高レベルのエスパーから情報を読み取るのが難しいというのは本当なわけか。あれだけ肉体の苦痛で揺さぶったはずなのに、確かにパンドラのエスパーは伊達じゃないな」
「そういうこと。俺から情報引き出したけりゃうちのボス以上のエスパーを連れてこいよ」
未だ男に触られたまま。好き勝手にまさぐる手は気色悪いが、少しでも気を緩めたら読み取られそうだった。兵部や真木の姿を、今ははっきりと思い浮かべているのだから。
おまけに、男のいうとおり度重なる苦痛で精神のガードも万全とはいえなかった。
「はは、それには及ばないよ。確かに精神力が高い人間には効きづらいが……。逆を言えば心さえ壊してしまえばいい。なんとしても吐かせてやるよ」
男は葉の唇をこじ開けるように指でなぞる。
「……やってみろよこのゲス野郎」
至近距離まで近づいた男の顔に唾を吐き捨て。
これ以上指を近づけたら肉を引きちぎってやる、とばかりに牙を剥いた。
Kids Nap―キズナ―3
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ようやく状況説明おわり。一番書きたいところにたどり着けそうです^^^^^^
うそ、全部書きたい。以降しばらく「殺してくれと頼むような目」にあわされてる葉のターンです/(^o^)\