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男はおもむろに黒い布を取り出し、拘束された葉に見せつけるようにひらひらと掲げる。
(ほんと、趣味悪ぃな)
何をされるのか、だいたいの予測はつくが受け容れることとは全く別問題だ。顔を背けて抵抗する程度しか残された逃げ道はなく、簡単に布で視線を塞がれてしまう。正真正銘の暗闇が再び葉を襲った。
ここまで散々殴られ蹴られ、おまけに電気ショックなんて物騒な代物まで持ち出され、一つ一つの手段は大したことはなくてもこれだけされては立っているのがやっとだった。少しでも気を抜くとよろめく体重で手首を繋ぐ鎖がじゃらじゃらと重たい音を奏でる。
「ん、グッ。ハァっ、ァッ」
殴られたと脳が知覚するよりも先に、パアンと乾いた音と、鼻腔に広がる鉄の匂いを感じた。遅れて、頬をじわりじわりと襲う鈍い痛み。
そして一呼吸も置かずに、視覚を封じられておのずと過敏になったその他の感覚器官……聴覚や触覚が不快な干渉を受け取った。
ビリ、と嫌な音を立てて引き裂かれる布の音、
(2万9千円もしたんだぞこのシャツ……!)
鎖骨から首のあたりを行きつ戻りつ中途半端に撫でる骨張った指の感触、
(首締めるつもりならさっさとやりやがれ)
そして――
『随分頑張るじゃないか、気分はどうだい』
ドクン、と不意をつかれ高鳴る心臓。
脳裏に一瞬の残像を結ぶ。
「し、少佐?!」
耳元で聞こえた低音は、兵部京介その人の声だった。
無論、ここにパンドラの首領である兵部がいるはずもない。冷静に考えるまでもなく何かの策略かそうでなければ葉の幻聴だが、葉は一つの恐ろしい考えに思い至り青ざめた。
(や、やば……!)
「そうか、君のボスはこんな顔なのか」
葉の額に手を当てたままクッと喉の奥で笑う声が、絶望と共にガンガンと響き渡る。
「確かに君のプロテクトは堅固だったが、一瞬の油断をつけばこれくらい造作ない。兵部京介っていうのか。随分若い…、君に負けず劣らずの綺麗な子じゃないか」
葉が刹那脳裏に浮かべた兵部京介の容貌を男は透視み取ったに違いなかった。ただし、それには一つ疑問が残る。葉が兵部の姿を思い浮かべたのは、兵部の声を聞いたあとだ。なぜこの男が兵部の声を知っているのか。
『おや、焦っているのかな、心の声が漏れてるよ。パンドラのテレビCMの声を真似してみただけだぜ?声帯模写なんてちょっと素質があればノーマルにさえ出来る。……っと、もう精神のガードが戻ったか。何も読み取れなくなったね』
嘲るような男の物言いは兵部京介の声にしか聞こえず、視界を封じられ聴覚しか縋る物のない葉は悔しさに唇を噛みしめた。
「そんな猿真似がなんだってんだ」
『透視は一瞬で充分だ。良い物を見せてあげよう』
男の腕が葉の後頭部に回され、両目を封じていた黒い布がしゅるりと音を立てて落ちる。再び光を取り戻した葉の瞳に映ったのは、
『ね、中々似合うだろう?』
黒い学生服がよく映える銀髪の少年の姿だった。
――――
「なん、で……ッ」
『催眠も使えるんだ。一瞬の隙が出来ればそれで充分、催眠ってやつは相性に寄るところが大きい。相手が望まない暗示はかけ辛いが、相手の望む姿なら、ほらこうして――』
『兵部』は葉の額を撫でながら、耳に良く馴染む甘い声音で囁く。
『へぇ。君の名前は藤浦葉か。私…俺…いや、僕かな。僕には何て呼ばれてたんだい?』
顔を伏せた葉の顎を指先でくいと持ち上げ、『兵部』は口の端にサディスティックな笑みを浮かべる。
『ほら、答えろ』
「ん、の、やろっ……」
距離を詰めた『兵部』を葉は自由な足で蹴り上げる。
「あ、ぁ、あぁっ!!!!!!」
途端に、手錠から流される電流に足の先まで痙攣した。数十秒を待って衝撃が止んでも、葉は意味のある言葉を発することすらままならない。弛緩した口元から納まりきらない唾液が呻き声と共に零れ落ちる。
「ん、ぁ、……ぁっ」
『答えてよ……って言ってもさ、今透視えちゃったんだけどね、葉』
ぐったりと力なく垂れ下がる腕が体の鉄の手錠に食い込み手首から血が流れる。『兵部』は殊更優しげな手つきで葉を抱き起こすと、耳元で囁いた。
『僕に縋ればいいさ。優しくしてあげるよ?君の心を破壊しつくてからだけれど』
泥で汚れた髪を指先に絡ませながら嘯く。
「…ハァッ、薄汚ねぇ三流野郎の分際で、アイツを、汚すな…っ!」
葉の霞んだ視界に映る男は、少なくとも葉の目には敬愛する兵部そのものだった。これが本物の兵部でないことは解っているが、葉の理性に反した心は、今ごろきっと行方不明になった自分を探しているだろう本物の兵部を求めて悲鳴をあげた。
(違う、少佐は……少佐は……)
しかしそれ以上に兵部を侮辱されたことが許せない。
「てめぇなんかが!アイツの振りしたこと、死ぬほど後悔させてやるからな!」
迸った叫びは、単純な怒気ながら封じられた超能力の振動波にも似た波動となりびりびりと空気を振動させる。だが、『兵部』は一層楽しそうに微笑んだだけだった。
『へえ、まだ元気があるのか。葉が苦痛に足掻けばそれだけ、目の前の『僕』に縋らざるを得なくなる。皮肉なもんだね。葉が苦しめば苦しむほど、君にかけた催眠はより強固になるんだ』
瞼を閉じて視界を遮断しても容赦なく声が浸透する。
(頭ではわかってる。これは少佐じゃない。でも……、なのに……)
目の前に居る男は葉が心から求めている人間の姿を取っているのだ。強力な
暗示に抵抗出来ないばかりか、今のコンディションはお世辞にも万全とは言えなかった。
『こんなに楽しい玩具はそうないね。僕としては君を壊してパンドラの情報を手に入れればよかったんだけど……気が変わった。精々可愛がってやるさ』
鼓膜に浸透する低い声は「違う」とわかっても葉の心を着実に犯していく。
(少佐はこんなことしない、こんなこと……言わない)
ありったけの力を込めて睨み付けると、『兵部』はにっこりと微笑んだ。
(散々少佐を侮辱しやがって。あぁ……ここで押し負けたら、俺、もう皆に会わせる顔ねぇな)
幼い頃から共に過ごし、今も待っている仲間達を思うと再び力が戻る気がした。それこそ一種の暗示にすぎないが、目の前の幻覚に苛まされる葉が支えにするのはもはやそんないつ崩落するかも解らない蜘蛛の糸の如き絆しか残されていなかった。
「ぐっ……」
おもむろに『兵部』は葉の唇を無理矢理こじ開けると指を二本喉の奥につっこんだ。反射的に噛みつくが『兵部』は微動だにしない。
「ン、んーーーーっ」
喉奥が異物を排出しようと痙攣して嘔吐くがは指はいつまでも引き抜かれなかった。窒息しそうになり目を白黒させて涙が浮かぶころ、ようやく圧迫感から解放された。そしてごくりと飲み込んだ小さな塊。
「げほっ……ハッ、てめぇ。な、に、飲ませた……」
『ほんとは口移しがよかったんだけどそれはあとに取っておこう。催眠が効きやすくなる……まあ麻薬の類の幻覚導入剤さ。そうだ、薬漬けにして飼うのも悪くないかもしれないね、葉』
侮蔑的な言葉が最後まで脳に届く前に、ぐらりと後頭部が揺れた。
「な、ぁ……あアァァ!ぁ、」
薬を飲みこんだ胃が焼け爛れる熱さが腹から全身に広がる。痙攣する指の先から既に力の入らない足まで。熱の緞帳が鋭敏な神経を覆い熱に身体中を浸されるがむしろ痛みはなく、体が浮かび上がるような非現実的な乖離感は神経毒特有のものだった。
「俺に、触、んな……ッ」
喘いだ悲鳴の切れ間に短く叫ぶのが精一杯。
熱くなった肌を冷たい指先に良いようにまさぐられる。毛穴が収縮するような不快な震えに吐き気を催す。薬で一旦鈍くなった神経は、触れられることによりじわりじわりと寒気と共に鋭敏な感覚を取り戻していった。
寒いのか恐ろしいのか、体の震えが止まらない。恐らく両方だった。
『その言葉ももう聞き飽きたよ。今に葉から触ってくれって強請るようにしてあげる。この分じゃ、葉も僕のこと好きだったんだろ?』
体を撫で回す兵部の指は首から鎖骨に降り、汗が垂れる肋骨の間をなぞる。
「バカに、すん、な…!少佐は、大切な、家族で、仲間だ……」
『ふぅん』
気のない返事で兵部は嘯く。言葉通り、楽しい玩具を見つけた子供のように葉の体を弄び続ける。胸の突起を抓る指の動きはひたすら優しく、今はまだ葉の感覚を引き出すに留めているような気さえする。
まるで、その方がより屈辱を与えることを知っているとでも言うように。
『目を開けて、僕を見ろ』
「ん、ぁ、ぁんっ……」
威圧的だが甘く懐かしい声に逆らうことが出来ず、うっすらと涙の滲む目を開ける。兵部は葉の頭を撫でて「良い子だ」と猫なで声で囁いた。
(少佐の、姿で、そんなことするな…!)
心の中の声すら明確に言葉を紡げない。ブツギリの思考はますます拡散し混沌とする。大切な恩人を侮辱されたという怒りのみに支えられて二本の足で踏ん張った。
『さすがにまだ透視はさせてくれないか』
兵部は吊り下げられ立つ葉の腰を抱きかかえるように背後に手を回し、背筋を撫でると面白いように過敏な体が跳ねた。
『ここが弱い……?』
「ん、ぁあっ、やめっ」
右手で背骨の窪みを辿り、左手でズボンのベルトを引き抜くと一気に下肢を覆う物を取り去る。腕にひっかっかった破られたシャツは血と泥で汚れて既にボロ布のようで、剥き出しの両足と日にさらされていない下腹部の方が余程白い。中心を痛みが伴うほど強く握りこまれる。
「離せ、はなして、お願……い」
『随分素直になってきたけど、これからだよ。葉は強い子だからね、これくらいじゃまだまだ壊れないだろ?』
兵部は弛緩しきった葉の足を持ち上げ、付け根をゆるゆると撫でる。気紛れのように中心に爪をたてては、首筋に歯を立てる。散々蹴られた鳩尾は軽く指でこづくだけでも苦悶の表情を浮かべて腰を引く。
睨むことで精一杯の抵抗を示す瞳の色は、少しずつだが確実に、光を失っていく。
「てめぇは、ぜっ…対、許さね、ぇ……」
『僕の名前呼んでよ』
そこで葉は初めて気付く。男は、初めから自分の名前を一度も明かさなかったことに。
どんなに罵ろうとも、葉には男を認識する記号という意味での名を一つも持たない。
(少佐、助けて……、あぁ、ダメ、駄目だ、この思考は、マズい)
無意識に浮かんだ甘えを振り払うように葉は頭を左右に振る。
兵部に助けを求めてしまっては、それこそがこの男の思うつぼである。
それくらいは、わかる。わかるのに。
(だって、目の前にいるのは……アイツそのものじゃんか……)
愛する人を侮辱された怒りと、愛する人に傷つけられる悲しみ。
それらを甘んじて受け容れるしかない屈辱。
言葉にならない涙がぼろぼろとこぼれる。熱で火照った頬を流れ落ちる熱い雫を拭うことも出来ずに視界がぶれた。
Kids Nap―キズナ―4
――――
そんなわけで(?×葉)です
この話の一連の葉→少佐はプラトニックで肉体関係はない感じです。なのに偽少佐に色々やられてください。てかこの場合少佐や真木ちゃんたちに後ほど助けられても葉は色んな意味でボロボロだよね…!っていう。特に助けられたあと少佐に再び相対したら大変なことになりそう。というかそっちがメインだったりしますん。
まだまだ続きます。