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ようやくこの誰得企画も折り返し地点です。
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【幸】コウ・しあわせ
象形。手にはめる手枷を描いたもので、もと、手枷の意。
(漢字源第4版より抜粋)
ハッピーエンディング
幸福論3
雨。雨の音。
ザァザァと地面を叩く音と独特の水気の匂いに、いつから降り出したのだろうかと兵部が重い瞼を開けると、そこは寝室の窓辺でもなくましてや野外でもなく、なんのことはない、見慣れた自室のバスルームだった。
「お目覚めですか」
「ぅ、ん…?」
「よく眠ってらしたので起こすのも悪いかと」
「……誰のせいだよ」
ツッこむのも馬鹿らしくなって兵部は再び目を閉じた。
ようやく今の自分が置かれた状況も、その直前にこの男の目の前で晒していた痴態も全て隅々まで思い出した。
いつものように気を失うまで抱かれて、ぐしゃぐしゃになったシーツごと、バスルームに運ばれたのだ。
寝ていた兵部が溺れないようにするためか、だいぶ浅くなっている湯にずるりと滑るように肩まで身を沈めると、ようやく息が出来るような気がした。隅々まで暖まることがこんなに気持ち良いなんて。
思わずうっとりと目を閉じると、再び夢の世界の輪郭がさざなみのように押し寄せる。引いては返す白波の縁が、近づいては離れながらしかし確実にじわじわと近づいてくるように。濡れた砂に足をすくわれ、いつのまにか沖に攫われるような、曖昧な崩壊。
そのまま目を瞑っていると、二本の腕が兵部の体を抱き寄せた。自分は裸で濡れているのに、きっちり着込んだシャツが体に擦れる感覚がくすぐったい。凝り固まった筋肉を頑なな心ごと解きほぐすような優しいマッサージに自然と吐息が零れる。しかしたっぷり泡の乗ったスポンジに身体中をまさぐられ、尻の狭間に指がはいりこむとさすがに寝覚めの悪い兵部もすっきりと目を覚ました。
「いっ…もういいからっ!自分でやる!」
目が覚めると同時に手桶を飛ばし真木の頭上に落とした。
金ダライなら良い音もするだろうが、生憎と現代的なプラスチックなのでパコンと間の抜けた音が浴室に響きわたった。
「そうですか?」
眉を顰めたその表情が、少し残念そうに見えたのは気のせいだと思いたい。
兵部は顔を赤くすると、早く出てけよ、とそっぽをむいた。
「でも少佐、寝ちゃいません?風呂で寝たら死にますよ」
「おまえ………僕のことなんだと思ってるんだよ」
そういえばどこかの老人だか子供だかが風呂であわや溺死という三面記事の見出しを見たことがあるようなないような。幸か不幸か、兵部はそのどちらも当てはまっている。
「あ、それとちゃんと肩まで入って30数えてくだ」
「ほんともういいから出てけ!」
兵部は真木の周りの空間を歪ませると、テレポートで強制的に退場させる。
コックを捻って熱めのお湯とバスジェルを流すとだいぶすっきりする。
ふと頬に触れると、涙のあとが指の触感でもわかるくらいにざらりと残っていて兵部は苦笑した。
またあの子の前で泣いてしまった、と。
いや、兵部を泣かせるのは真木自身なのだから、「前で泣く」という言葉には語弊があるかもしれないが、言葉にするならそれが事実なのだから仕方ない。声が枯れるほど泣いて叫んで、熱と共に全て空っぽになるまで吐き出して痴態をサラして、すっきりして。なんてみっともないのだろう。
こんな恥ずかしい姿は真木にしか見せられないな、と自省もするが同時にこの上なく甘美な誘惑でもあった。
真木は優しい。
兵部は浴室の鏡を覗き込んでそう呟いた。
そこには、泣いて赤くなった目尻と、同じくらい赤い、跡がいくつも首筋や脇腹についている自分の姿が映り込んでいた。荒々しく抱かれる時だって、決して本当の意味で自分を傷つけたりしない。慈しむように労るように、あの大きな男らしい(本当に体ばかりが男らしく成長してしまった)指に触れられるとどうしようもないほど身体中がとかされて、浅ましく鳴いて縋ってしまうのだ。
それに、いくら真木が懸命に透視への耐性を強めて踏ん張っても、馬鹿げた超度を誇る兵部にはかなりの部分までお見通しなのだ。もちろんプライバシーまで覗く気はないが、こっちが覗こうとしなくても触れる箇所から駄々漏れの感情が流れ込んでくるのだ。多分これは、自分が精神感応者でなくてもそうなのだろうな、と兵部はこっそり思っていた。
体を洗って汚れた湯を入れ直し、真木に言われたことをわざわざ聞いてやるつもりもないが実際肌寒かったのでゆっくり肩までつかって、バスルームを出た。
タオルで髪を拭いながら寝室に戻ると、そこには真木はいなかった。
明け方といっていい時間帯だし、テレポートで追い払ったのは兵部自身なのだから文句を言う筋合いもないが、なぜだか裏切られたような心地がした。
律儀に新しいシーツに変えられたベッドにこしかけるとあくびをした。時計を見ると朝の5時。この船にだってそろそろ起き出す人間もいるくらいの時間帯だ。その時部屋の扉が開く音がして兵部は顔をあげた。
「あれ、少佐もう出てたんですか」
部屋に入って来たのは真木だった。
スーツからラフな寝間着に着替えた彼は、兵部を見ると驚いたように目を見張った。
「悪い?言っとくけどちゃんと30秒入ったからな」
「いえ、俺もシャワーあびてあなたが出る前に戻ろうと思ったんですけど」
兵部はふて腐れたように頬を膨らませると、もう寝る、と枕を抱えて毛布を被った。
「一緒に寝てもいいですか?」
「ほら、おいで」
そのために着替えてきたんだろ、と兵部は仏頂面を隠さずに、ぼふんぼふんとスプリングのベッドを叩いて手招く。
兵部はあれほど不機嫌そうだったのに、真木が隣に滑り込むと、甘える猫のような仕草で体をすり寄らせた。
落ち着きの良い場所を探してもぞもぞとうごめく。
ほとんど子供と言っていいあどけない表情に真木は目を細めた。
「何笑ってるんだよ」
「…もしかして俺がいなくてがっかりしたとか……ない、ですよね。すみません。もう寝ます」
兵部は何も言わずに真木の髪をくしゃくしゃと広げる。
先ほどまで気を失ったまま眠っていた兵部とは違い、真木は兵部をすっかり腕の中に閉じ込めるとすぐに深い眠りに落ちていった。
ハッピーエンディング
幸福論3
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真木さんは兵部さんに優しくしてあげたいけど、夜の行為だけは乱暴なのは、そうやって無防備に泣いたり赦しを請うことが別の形の癒しになるから、みたいな理由で。兵部さんも真木さんにしかそんなことさせないだろうし。ちょっと屈折してるけどこんな主従も好きです。
あと一回!
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