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やらずに後悔するよりも、やって後悔したほうがいい。
なんて言葉は詭弁である。
葉は自分の部屋じゃない、でも見慣れた、シンプルだが豪奢な調度品で設えられた寝室で目を覚ました。
(あれ、えーと……俺……何して……?)
心臓がばくばく、頭がガンガン、腰がずきずき。
ああもう。体の節々が悲鳴をあげている。
(ええと、昨日の夜、俺は眠れなくて、一緒に寝ようって少佐の部屋に行ったんだ。そしたら……少佐が苦しんでて……そうだ、少佐は?!)
がばっとシーツをはね除け起き上がると、何もみにつけていなかった。慌てて見渡すと、広いベッドの隣には、薄いガウンを羽織っただけの兵部がすやすやと銀髪を散らして寝入っている。その顔は相変わらず真っ白だったけれど、零れるような睫毛が影を落とす頬に苦しげな様子はない。
「えーと……」
(そうだ、少佐が発作で苦しがってて……それで、俺がしばらくついてて……)
だんだん思い出してきた。
(俺が思わず、泣きついたら、少佐が、笑って、でも、苦しそうで、それで)
それで。
体の温もりを確かめるように腕を回し、その倍以上の力で抱き返された。
それからはあまり覚えていなかった。ふわふわと夢見心地で、頭の芯が痺れるようにぼーっと、して。痛くて、でもそれ以上に気持ちが良くて。
「何、人の顔じっと見てるんだよ」
ぱちっと、音がするほど瞬いて、兵部は目をあけた。枕から頭を起こさずに、視線だけで葉を見上げる。
「……わっ。起きてたんすか?少佐」
「京介って呼んでよ。……さっきはあんなに可愛く名前を呼んでくれたのにね」
もう、はっきり思い出した。
全部全部全部、ぜんぶ。
「……京介、ごめん。体はもう平気?」
のそりと上半身を起こし、ふぁ、とあくびをつく兵部を見て、葉はしゅんと項垂れた。あんなに苦しそうだったのに、兵部は葉の制止を、それこそ色んな理由での制止をものともせず、葉を抱いた。それがどれだけ体に負担ををかけたのか葉にはわからなかった。
「何見当違いなことを言ってるんだい。葉のほうが平気じゃないだろ。ごめんね、初めてだったのに。君が可愛くてつい自制出来なかった」
「うっ…」
ありありと、思い出す。
優しく響く声がそのまま閨の声色だったから。
しっとりと濡れた汗はひいたはずなのに、またじわりと手の平が滲んだ。
兵部の顔が近づいて、重なる。
「あっ……ん、」
「葉、キスするときは目を閉じて。ゆうべ教えてやっただろ?」
葉が大人しく目を閉じると、兵部は頭を撫でた。
そして手に頬を包まれると、なぜかひどく安心した。
温かい手。葉も兵部に腕を回した。
「ほら、もう寝なよ。明日も早いだろ」
「う、うん。あのさ、」
「ん?」
聞くことはためらわれた。
どうして兵部が、自分を抱いたのか。
親代わりにも親しい友のようにも思っていたのに、どうして。
「どうしてあんなことしたんすか」
誰でもいいから温もりがほしかった?
死への恐怖で昂ぶった欲を鎮めたかっただけ?
まさか好きだから、なんて理由ではないだろう。
自分は兵部をずっと昔から深く愛しているし愛されている気もするが、お互いこんな意味じゃない。もっと、自分たちは深いところで繋がっている。
「……さあ、わかんない」
兵部はたっぷり20秒考えたあとそうつぶやいた。
「へ?!」
「そうしたかったから、っていうのは理由にならない?」
(いや普通はならないと思んだけど)
可愛らしく首を傾げて、並の男がいうには到底許されそうにない類の台詞を堂々悪びれもなくのたまう兵部に葉は心の中で反論する。でも困ったことに、自分は嫌ではなかったのだ。それに、
「わかんない、けど……俺は、いや俺だけじゃなくて、真木さんも紅葉もだと思うけど、俺は、アンタに拾われたあの時から、アンタのものだから」
途切れ途切れに、なんとか言い終え兵部の顔を見上げると、兵部はきょとんと驚いたように葉を見つめていた。
「……なんすか」
「ごめんね、葉」
なんでそこで謝るんだ。
葉はわけもわからず泣き出したい気分になった。
兵部もまた、彼にしてはめずらしく闇のような双眸を悲しげに揺らしているように見えた。
「大好きだよ、葉」
「ん、俺も、好き」
ぎゅーっと抱きしめあうと、心臓の音が混じり合った気がした。
啄むようなキスをどちらからともなくともなく繰り返す。
長い時間をかけて飽きるまで繰り返し、顔をあげれば、途端に甘さとはかけ離れたいつもの空気をまとった葉と兵部がそこにいた。もう二人とも泣いてはいなかった。気まずさを隠すように、むしろいつも以上に明るい声で葉が言う。
「はーっ。しかしその年になってまで色ボケとはねぇ」
「……もう寝ろよ。そうだ、明日はお前にも仕事に出てもらうからな」
「うわ!少佐人使い荒い!そんなの真木さんに頼……あ、じゃ、頑張ったらご褒美ちょうだい」
「んー……そうだね――」
兵部はにっこりと笑うと、葉の頬にもう一度唇を寄せて何事か囁いたのだった。
3明日の事は明日考えるから
(先に進むことは怖いことじゃない)
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今夜はここまで。でもまだパンドラ熱さめやらないので明日の夜も更新したいです。出来たら。
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