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仲間でもない、友人でもない、ましてや恋人同士でなどでは絶対にない。
だけど。
満月が地平線の端に沈むころ、薄桃色に染まる空を霜が張り付く窓越しにそっと見やる。
今日はさぞかし良い天気になるだろうなとか、どうりで昨夜は満月が綺麗だったとか、それが既に現実逃避の片鱗を見せていることは意識のすみに追いやって。
窓越しに感じる外の冷気。
冬の空気はなんて清々しいんのだろうと、清廉さとは対照的な室内を見渡す。熱と汗と精液のまじりあった滓が気化して淀んだ退廃的な室内。
ぐるりと視線をめぐらせて一週。
散らばった衣服と共に一番見たくないものが視界に入る。
すなわち、犯罪組織の幹部である彼の。
言い訳させてくれ、本当に。
誰に言うでもなく自分に言い訳をしたい。やれやれ、と思わずこめかみを抑える。きりきりと蝕む頭痛も気のせいじゃなかった。
確かに昨夜はようやくデートにこぎ着けたご令嬢と待ち合わせの10分前、バベルからの緊急サインに呼び出された。やけくそ気味に戦闘機を乗り回しようやく現場運用主任と特務エスパーの活躍により制圧したと思ったらとっくに深夜を回っていて。あぁまた徹夜だと少女たちを連れてひとまずマンションに帰った親友を同じく寝不足の顔で見送り、さて、この憤り期待性欲その他もろもろのやるせない鬱憤の持って行きどころはどうしてくれようかと一瞬頭を過ぎるが生理現象の処理なんて結局は片手で充分なのだとあまり褒められない結論に達しかけたのは事実だけど。
ココアでも差し出してくれるゆるゆるのマフラーが似合う可愛い彼女でも隣にいればもっといいのにと思春期の少年みたいな青臭い妄想をして帰り道を急ぎ、今夜は月が綺麗だと擦り併せた手の平に白い息を吐きかけて夜空をみあげた。
まさかあんな夜空に人間がいるなんて。
ちらりと見えた影は確かに見覚えがあるものだった。季節感を無視した薄手のパーカーのポケットに手をいれたまま、なのに翼を広げた鳥のように直感的な幻想が見える優雅に滑空する人間。
気付いたら、走り出していた。当然だ、翼も持たない、瞬間移動も出来ない自分はこの二本の足で走るしかないのだから。ただ走りたかっただけだ、何かを追いかけたかっただけ、なのに走る理由が自分の所属する組織が追っている犯罪者なのだから、合理的すぎて笑えてくる。
影はビルの屋上に降り立った。
走り、息を切らし、また駆け上がり、破れそうな心臓にもっと自主トレしときゃよかったと自嘲するもあとの祭りで。それでも、
「よぉ、ニィさん。俺のこと追っかけてくれたの?」
不敵に笑って振り返る、風にはためくシャツの裾は本当に翼のようだった。
「てめぇこそ、俺のこと待っててくれたんじゃねえのかよ?」
一歩近づくと彼は、鬼ごっこってのも悪くないよね、と嘯いた。
「今夜こそ捕まえさせろよ」
「アンタこそいつまでノーマルと連んでるつもりだよ?」
そう言って差し出された青年の手は冷えていて、しかしこの高揚感を冷ますことはなかった。
冷える体に反比例するように沸騰する思考。それは獲物を見つけた肉食の鳥のようにぎらつく瞳でこちらを見る奴も同じだ。
だからだろう。
――カチャリ
俺がふいうちでポケットから取り出した手錠の片方を掛けると、彼は不思議そうに、しかし心底楽しそうに微笑んだ。ぞっとする程妖艶な笑み。
「なんだよこれ」
それはオモチャの手錠。バベルの職員が持つESPロックやリミッターですらなく、月明かりで銀色に輝いてはいるけれど、ちょっと爪をたてて削れば材質のプラスチックの下地がすぐに見えそうな。なんでそんなもの持ち歩いてるんだと問われれば、下らない理由しか答えられなかった。
暇つぶしだとか、おまえ用、だとか。
――カチャリ
「ま、オモチャだからちょっと鎖輪のつなぎ目を引っ張ればすぐにとれるけどな」
そう言って笑って見せ、俺自身の片手首にもそれをかけた。
彼は驚いたように目を細め、そして唇の端をつり上げた。
「冗談。そんなもったいないこと誰がするかよ」
そのドス黒い笑みがあまりに自分に似てたから。
ちょっと力を込めればすぐにも壊れて千切れてしまいそうなプラスチックの鎖を引き寄せて噛みつくようにキスをした。
「……アンタって年中盛ってんの?」
「わざわざこんなとこで待ち伏せしてたてめぇほどじゃねぇな」
顔を離してからかっても、奴は唾液で濡れた唇を拭いもしなくて。
一層悪戯めいた笑みを浮かべた。
「ってもニィさんは飛べないよなぁ。メトラーって不便。俺の隠れ家でよければ連れてってやるけど」
「上等だ」
そのままなし崩し的に奴にサイコキネシスで連れ去られ、
一応ばれるわけにはいかないから目つぶってろ、と乱暴にタオルで目をふさがれて、行きついた場所はごくありふれたマンションの一室だった。殺風景なワンルームは本当に彼の住み処かも怪しい。
「おまえ、性格悪い分、体だけはすげぇいいのな」
「ニィさんこそ。そのうるさい口の使い道、もっとあるんじゃない?」
片手同士を繋いだ鎖が邪魔で、服が中途半端に体にひっかかっている。
それでもお構いなしに、かみつくようなキスをして、長い睫毛に唇を落として、鎖骨をなぞり、両手の指を絡ませて、時折位置を入れかえ、触れ合って、熱を貪り、足を開かせ、
楔を打ったことは言い訳をしない、しないけど。
気持ちよかったから、相手も気持ちよさそうだったから、だからこそ、
なんて不毛な関係なんだろうと隣に眠る奴の裸体を見る。
俺が繋いだオモチャの手錠はとっくに千切れていて。
いつの間にか、いや、始める前から壊れていたかも、なんて考えたらばからしくなった。
最中は発情期の猫のように鳴いていた奴は、やはり強がりだったのか、眉を潜めたまま眠りに落ちている。
頬を指先でなぞるとふいに奴が目を覚ました。
ぼんやりと焦点を結ぶ零れそうな大きな瞳。
その網膜に自分はどう映っているのか考えるだけで胸は踊ったけれど。
「この部屋、勝手に透視するなよー?」
不機嫌そうな声音はまさしくふてぶてしい奴のモノで。
物憂げに頬杖をつきまだ汗も伝う半裸を晒し、見かけだけはこんなに扇情的なのに。
情緒のカケラもない言葉しかつむがない唇はやっぱり相容れない者同士としか認識するしかなく。
「おまえが俺の頼みを聞いてくれたら、しないでやるよ」
「へぇ…ニィさん、俺を脅すんだ?」
訝しむ言葉とは裏腹にすぃっと細められる瞳はまだ夜の気配を纏ったまま挑発的で、俺が呼んだらいつでも股を開けだとかそういう下衆な交換条件をつい持ちかけたくなる。
が、差し迫った問題は。
「なんか服貸してくれねぇ?このままじゃ帰れないわ」
互いの精液でしわしわぐちゃぐちゃになったシャツをわざとらしく引っ張って見せれば。
思いっきり、呆れたような冷えた瞳で睨まれた。
その冷たい視線すら愛しいと思ってしまう自分にうんざりする。
仲間でもない、友人でもない、ましてや恋人同士でなどでは絶対にない。
だけど。
「めんどくさいからもう全部脱いじまえよ」
くすくすと笑って伸ばされる手をとってしまう程度の見えない引力は、確かにここに存在するのだ。
オモチャ
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いつもと違う文体にチャレンジ。
敵同士な2人っていいよなー。
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