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皆本現場運用主任以下ザ・チルドレンの面々との邂逅を果たした兵部京介が、バベルを自主出所してから早二ヶ月が経つ。これで大手を振ってお天道様の下を歩けるようになった当の兵部は、(もちろん追われる立場なのは変わらないが、こそこそ隠れて脱獄する必要もお行儀の良い囚人のふりをする必要もなくなった)、しかし、根無し草のようにホテル住まいを転々とするばかりでパンドラの本部にはなかなか帰って来なかった。
指示を出したり、仲間にするため保護したり引き抜いたエスパーを連れてアジトに訪れるくらいである。
「ただいま、みんな元気にやってるかい?」
兵部は今日、2週間ぶりにアジトのドアを叩いた。
とたんに騒がしくなるリビングと、首領を笑顔で迎える仲間の面々。
いまや腹心の右腕である真木とはほとんど行動を共にしているがそれ以外の子供や仲間達はめったに兵部に会うことが出来ず、兵部がたまに帰ってくると幼い子供達は上機嫌に飛びつき、すでに分別のある大人のメンバーはそこまであからさまな興奮を表したりはしないが、そわそわとどうも落ち着かない様子なのは傍目にもわかるほどだ。
「おかえりー、少佐!」
いつもの変わらないパンドラのアジトを見渡して、兵部は子や孫を見るような暖かい眼差しで微笑んだ。
しかしすぐに「おや」と首を傾げた。
「あれ、葉は?いないの?」
いつもなら真っ先にラリアットをかましたり体当たりで攻撃をしかけてくる騒がしい子供の姿が見あたらない。代わりにとびついてきた幼い少女を抱き上げながら兵部は紅葉をふりかえった。
「葉なら部屋よ。もしかしてまだ寝てるんじゃないの?」
「ええ、もう午後なのに?ほんとあいつはしょうがないなぁ。じゃあ行ってみる。頼みたい仕事もあるしね」
抱き上げてた少女を紅葉に預け、兵部は空気を揺らすようにして瞬間移動で消える。
再びリビングには静けさが戻ったが、主が帰ってきたことでやはりいつもとは違った活気に浮き足立っているのだった。
「葉、いる?」
扉を開けずに直接部屋の中にテレポート。
まだ寝ているのならキスをして起こしてやろうかと、久しぶりに会える末っ子の驚く顔を想像すると自然と笑みが浮かぶ。(すでに葉はパンドラをまとめる年長者の部類だったが、幹部の中では最年少だし幼い頃から十数年面倒を見てきた兵部にとってはやはり手のかかる末っ子という認識だった)。
しかし、兵部を迎えたのはあどけない寝顔でも、突然の来訪を驚く笑みでもまして暖かい歓迎でもなく、
「……いるけど。何しに来たんすか?」
ベッドに寝転び、ページをめくるファッション誌から顔をあげもしないで囁かれる冷たい声だった。
「おかえりも言ってくれないのかい?」
兵部は一瞬呆気にとられたがすぐに気を取り直して冗談めかして肩を竦める。ぺらりぺらりと雑誌特有の薄い紙がめくれる音だけが静かな部屋にしばらく響いたあと、ようやく葉が顔をあげた。
「……おかえり」
だが、すぐに興味をなくしたのか再び誌面に視線を落とす。
その間3秒。とりつく島もない気配にさすがに兵部も眉を顰めた。
「なんだよ、その態度は」
「……べつに。なに、話があるなら早くしてくださいよ」
葉はぱたんと雑誌を閉じ、跳ね上がるようにベッドに座った。寝癖だらけの癖毛をぐしゃぐしゃとかいて、あぐらを組む。いつもの人懐こい笑みは見あたらず、ぽーっとした瞳は単に眠いためか機嫌が悪いせいか判別がつかない。兵部は葉の不機嫌の理由に思い至らず困惑したが、先に当初の用件だけはすませることにした。
「君に頼みたい任務があるん――」
「やだよめんどくさい。真木さんに頼めば?」
「……葉、いい加減にしないと怒るぞ」
「…………勝手にしろよクソジジイ」
葉はうつむいたまま顔をあげなかった
2週間ぶりの再会だというのに、この邪険な態度はなんだ。
せっかく時間を作ったのだしもっと喜んでもらえるかと思ったのに、とはさすがに傲慢だしそこまでは思わないが、それでも落胆は隠せなかった。
いったいどうしたのだろうか。落胆は徐々に困惑が交じった苛立ちに変わる。
「……真木からも、おまえは最近命令違反が多いと報告を受けてる。勝手がすぎるならいくらおまえでもそれなりの処分をすることになるぜ?」
兵部は、彼本来の冷酷さを滲ませて言い放つと、葉はようやく顔をあげた。
「はぁーっ。ちなみに任務の内容は?」
「……クイーンの護衛が人手不足でね。今度の彼女たちの予知出動に普通の人々が噛んでるって噂があるから」
すると、葉は兵部から目を逸らせて、ごく小さい声で呟いた。
「やっぱりそれかよ」
その呟きは兵部の耳には届かず、彼は「なんだって?」と聞き返した。
すぅ、と葉は息をすいこむ。
「せっかく脱獄したのに、もう、自由なのに……。毎日こっちも帰ってこないで、女王、女王って。どうして四六時中構ってられるわけ?そんなにあのガキが大事なんすか?!」
叫ぶような声と共にびりびりと空気が震え、防弾強化硝子が片っ端から割れ、日の光を弾いてきらきらと水面のようにきらめいた。
「なっ……!」
「……どうせ俺はあんたの使い捨てのコマだからね、いつも頼られてる真木さんとは違って。いいよ、行ってくる」
顔を真っ赤にし、目に涙をため、肩を震わせ、叫ぶだけ叫ぶと葉は自分が音波で割った窓硝子からふわりと飛び立った。
「ちょ、待て葉……!」
兵部があわててサイコキネシスでホールドしようと思ってもすでに手は届かなかった。
テレポートで追いつこうとした矢先、けたたましい音を立てて開くドアに気を奪われて中断された。
「少佐!!今の音はなんで……うわなんだこれは!」
「……昔はあんなに素直だったのになぁ」
真木の糾弾に、兵部は痛むこめかみを押さえて首を振るのだった。
――――
ふわふわと空を漂いながら葉は早くも後悔に苛まれていた。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
言うつもりはなかった。あんな、酷いことを。
パンドラは兵部が女王のために作った組織だということはよくわかっていたはずなのに。
10年大人しく逮捕されていた兵部がこのタイミングで脱獄したのは、エスパーの救世主がようやく成長したからだということも、自分たちの新しい主が近い将来彼女になることも、まだ納得はしていないがその可能性を頭の隅では理解していたはずなのに。
(どうせ俺らは、そのために育てられたんだし)
最初から兵部のためだけに生きてるつもりだった。それは今でも変わらない。兵部が死ねと言えばいますぐ胸を貫くし、兵部のためなら命だって惜しくない。
だが、兵部が自分たちを放っておいて女王に固執する日常を受け容れることとはまた別の問題だった。
(わかってる。どうせこれは下らない嫉妬だ……)
葉は夕闇に包まれた東京湾の上空に浮かび、周囲を警戒している特務エスパーの少女たちをこっそりと見下ろしていた。この距離では目視もできないし精神感応者がいても思念波の射程外のはずだった。
しかし葉を苦しめどす黒く立ち籠める暗雲は、将来の女王への嫉妬ではなかった。
(少佐があのガキらのために残りの人生を生きるならそれでもいい。でも俺にも手伝わさせてよ)
世話好きで心配性で、誰よりも兵部に心酔している真木が兵部の寵愛を一身に受けている第一の部下なのは昔からかわらないし、真木と兵部が幸せならばそれでよかった。その合間に、真木へ向かう愛情とはまた違った愛情を向けられる昔からの居心地の良い関係を葉は愛していた。
それでも、自分が兵部にいつになっても頼って貰えず、役に立てない自分自身にも憤りを感じるのだった。
(でも、俺、少佐にあんなやつあたりしちまって……もう絶対嫌われたよなあ。たまにしか会えないのに、ずっと、このままかな)
はぁ、と何度目かわからない溜息をつくと、地上の空気が変わった。
焼け付くような緊張が葉の漂う上空にまで届く。
黒ずくめの怪しい御一行がゴキブリのようにわらわらうごめくのが夜目にもはっきりと見える。近くに見える銀色のものものしい装置は恐らく設置型ECMだろう。
俯瞰して見下ろす葉の目にはあきらかに陽動に映る、ミリタリーの武装集団に気を取られているレベル7の少女と指揮官たちは、その装置に気付いてる気配がない。
葉は頬を掻くと、風を蹴った。
さっきまでぼーっと呆けていた瞳はいまや獲物を狙う肉食の猛禽類のように鋭い光がやどっていた。
「よぉ!月のない夜は背後に注意しましょーってね、おにーさん?」
見えない翼に導かれ、葉はすとんと地面に着地する。
満面の笑みを浮かべて大型ECMを構え今まさに起動レバーを引こうとしていた男の背後を取った。
「な、なんだ貴様は!」
葉はにこにこと人好きのする笑みを浮かべたまま、頭を掴むように羽交い締めにした。
葉と、葉が動きを封じた男を中心に輪を描いて、一斉に普通の人々が銃口を向けるが葉は片っ端から震動で弾いて銃身を破壊した。最後に残ったレバーに手をかけたままの男に背後から囁く。
「脳味噌ぶちまけられるのと、心臓止められるのどっちがいーい?」
「ひっ、やめろ……!」
「今俺すっげー機嫌悪いんすよ。じゃあ痛いほうってことで」
バイバイ、と葉は低い声で囁いた。
――――
「葉、どこに行くんだい?」
ふわふわと迷子の子供のように、あるいは家を知っているのに行き場を無くした子供のように、力なく漂う幽霊のような影をくすくすと笑う声が呼び止めた。
「少佐……こんなとこで何してんすか」
「だっておまえ、僕が迎えに来なかったらもう帰ってこないつもりだったろ?」
「…………あんたには関係ないだろ」
葉はふぃっとそっぽを向く。
「たっくさー、いつからあんなに可愛げがなくなっちゃったんだよ。真木と紅葉には反抗期がなかったから初めての体験だしね、どうしようかと思ったよ」
こっちにおいで、と兵部は葉をサイコキネシスで強制的に引き寄せるとわしわしっと頭を抱き寄せた。
「うわっ…!いや、べつに俺反抗期じゃないし」
赤くなって目を逸らす葉に苦笑する。
「さっき上から見てたよ、これからは君にも色々任せることにする」
「あんなの楽勝っすよ」
「そうだね、僕が教えたんだし。ほんと強くなったよ、えらいえらい」
子供にするように髪をぐしゃぐしゃにかきまぜると、葉はようやくからかわれてることに気付いて顔をあげた。
「そーそ、こういうのなんて言うんだっけ?能ある鷹は爪を隠す?あとは鳶が鷹を……」
「いやそれはちょっと違うだろ。しかもなんで僕が鳶なんだよ」
兵部は葉の頭を小突くと、葉の手をとって夜空を家路に向かって滑りだした。
「ごめんね、葉」
「……何が……?悪いのは俺のほう」
葉が顔をあげると、兵部は葉を飲み込まれそうなほど澄んだ昏色の眼差しをまっすぐに向けていた。
「止まっていた時間は動き出した。この先もうどうしたって僕は当初の計画どおりに予知の道を進むんだ。今までもようにはいかない。僕がいずれ死ぬし、次代の女王にパンドラを託すことももう規定事項だ。それでも僕がきみたちを愛してきた時間は失われないし、これからもその思いは変わらない。だから、最後まで…もしも君が愛想をつかさなければの話だけど……ついてきてくれるかい?」
葉は何も答えない。
そのかわりに、今にも泣きそうなほど切羽詰まった思いをこめて、繋いだ汗ばむ手をぎゅっと強く握り返した。
クローバー 4まいめ
――――
(おまけ)
10才の少女の元にストーカーのように通い詰めるロリコンジジイ(仮称)と少年のとある日の会話。
「……葉、そこをどけ」
「い、やだ!どうしても行くってんなら。俺の屍を超えていけ!」
「ああわかったそうさせてもらう」
「…ッ痛ってええ!ほんとに踏むこたねーだろ!」
――――――
とゆーわけで、ちょっとずつ成長した葉くんはじじい大好きのツンデレになりました。
いきなり可愛げがなくなっててすみませんでした。
葉はフリーダムさが兵部おじーちゃんそっくりだと思うし、パンドラ内で(おそらく)唯一少佐をジジイってよんだり毒舌吐いちゃうあの甘えッ子らしい傍若無人さが可愛いよ葉。「葉はしょうがなーなー」ってなんだかんだ甘やかされてたらいいなドリーム。
4話お付き合いくださいましてありがとうございました!
お気に召したらぽちっといただけたら嬉しいですv