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揺さぶられては、その痛みに意識が無理矢理に引き上げられる。
浮上したと思ったら、すぐに限界を訴える体がまた意識の消失を促す。
それの繰り返しだった。
目を開けると、薄暗い部屋の中で兵部の顔がやけにはっきりと見えた。
自分を見下ろす兵部の顔。
(少、佐……京介……)
今度の消失はやけに長い時間だったようだ。ふいに現実感がなくなったような、夢から覚めたあとのような独特の浮遊感に包まれた。
(ここ)(おれ) (どこ) (なんで)
断片的に浮かび上がる言葉は、なぜか音にならなかった。喉が引き攣れている。ひゅうひゅうと痛みが吹き抜けた。
「ぁ……ん……や……」
ようやく紡いだ言葉は意味のない音の羅列。
制御をなくした葉の体はまるで人形のようだった。
葉は、『兵部』に腰を抱えられたままされるがままに揺さぶられていた。ぐったりと投げだした腕は、吊り下げられたまま手首にギリギリと手錠が食い込み、流れる血は乾く間もなく後から後から腕を伝う。
葉が意識をなくしても、兵部の追撃は止まるところを知らない。
「、ぁ…ぁあっ、もう、やめ……」
上下する激しい波形を描く痛みが緩急をつけて葉を攫う。
時折取り戻す意識の合間に紡ぐ言葉は明確な拒絶の言葉なのに、その瞳にもはや光はない。
「はな、せ、ぐっ……う、ァア!!」
口をついて溢れる憎しみも、単に肉を擦られることにたいする不随意反射のようなものだった。そこに葉の意思はなかった。自分の体なのに何一つ自由にならないのは、身体的な反応だけではない。
痛みと嫌悪以外の新たな熱が生まれていた。
『へぇ、ちゃんと感じてるんだ。素直な子は僕も好きだよ』
芯が入った茎は隠しようがない。快楽とはほど遠く嫌悪しかもたらさないはずなのに、それがどうしてこんなふうに肉を燻るのか葉にはわからない。まさかそれが身を守るための防衛本能だなんて、羞恥で頬を熱くする葉には知りようのないことだった。刹那、暗い瞳にわずかに光が灯った。
「……こ、の」
(そういうてめぇはどうなんだよ。男犯しておっ勃ててる変態じゃねぇか)
しかし思考の断片は、言葉になることはない。
声の出し方を忘れてしまったように喉があふれる悲鳴でいっぱいになる。その意識のカケラも、油断すればすぐぬまた波に攫われそうだった。
『ははっ心配には及ばないさ。弱者を征服するのは原体的な快楽だよ。僕はいたって正常だね』
葉の思考を読み取ったのか、兵部は笑みさえ浮かべてバカげた理論を吟じ、律動を早める。
透明な汗が濡らす白い首筋に噛みつくと、葉は背をのけぞらせてまたがくりと弛緩した。
『時間はたっぷりあるんだ。お互い楽しもうよ、葉?』
屈辱と共に叩きつけられた生温い体液が、力の入らない足を伝って零れた。腰を支える兵部には、葉の意識の有無はその抱えた体の重さで手に取るようにわかった。嬌声は判別材料にはならない。意識を失っても悪夢からは逃れられない。夢をみて魘される子供のように、葉はずっと呻き続けていた。ただしこれは夢ではない。現実だった。
――――
(もうダメかも)おれ)
ふいにそんな弱音を吐く。言葉どおりの、弱々しい音。精神感応者だって聞き逃してしまう程の小さな心の声だった。
兵部の顔だけがやけにはっきりと見えた。それでも周囲の様子はわからない。
音も何も聞こえない。不気味な程静かだったがそれは耳鳴りが共鳴し打ち消し合っているだけだった。
感覚器官の幾つかが負荷に耐えきれずショートしたらしいことは、理屈でなく心が理解した。
(だって今、こんなに、)
兵部が何かを言っているのは、その口の動きでわかるが、内容はわからなかった。
耳がおかしくなったのか、意味の受信を拒否したのか、いずれにせよ葉にはどうでも良いことだった。葉は自分を取り巻く全てのものに興味をなくしていた。
無意識に縋る、大切なたった一人の人を除いては。
「う……あ、あ、」
(…痛い) (京介) (いた、い) (あいたい)
「あ、あ……」
声が涸れる。涙が止まらない。
【自分】弾け、拡散するのを感じた。
『………首領は兵部京介、へぇ、戦前の生まれなのか。能力は精神感応・念動力・催眠…そのどれもが超度6から7以上……恐れ入るね』
完全に壊れ、無防備になった精神の中枢を透視し始めた『兵部』の声が、皮肉なことに葉の理性を今一度引き戻した。ふいに、葉を取り巻き収縮する静かな世界にヒビが入った。
「……ない、……」
(京介) (俺の) (痛い) (死ぬ) (好きな) (守る) (どうすれば) (少佐) (記憶)
理性を取り戻した葉に兵部は気付くが、かまわず嘲るように透視を続ける。体を貫かれたまま尚、憎しみをこめて絡みつく視線に兵部は歪んだ熱を煽られる。
『従来のECMは効かない体質。ただし老化において疾患が――』
葉に聞かせるように朗朗と透視み上げる言葉は表層にすぎない。その何倍、いや何十倍もの情報がすでにくみあげられてしまっているはずだった。
(きょうすけが) (能力) (壊れる前に)(振動波) (少佐) (自分で壊す)(脳)(教えてくれた)
「……させ、ない、」
それにはどうすればいいのか、葉は本能敵に察知していた。
ESP錠での制限は念波に干渉することで外への発動を防いでいる。超能力中枢を直接加速装置にしゼロ距離で振動波を発動させれば、その能力で記憶野を一時的にダウンさせることは可能なはずだった。
「ぁ、うん……、っく…」
故意の記憶障害。
一時的か恒久的かは一か八かの危険な賭けだった。手加減なんて出来るわけもないが、それ以外の手段はなかった。
(だいじょうぶ、きっと少佐が治してくれる)
ふと脳裏にそんな妄信が過ぎるが、あまり意味のない空想だった。記憶を失って用済みになった自分は助けが来るよりも前に殺されるに違いない。それでも無意識の空想の中で触れた兵部の暖かい手を、葉は感じた気がして、その懐かしさに唇の端に笑みを浮かべる。
『な、馬鹿な……!』
男の声が聞こえる。だがもう遅い。
手加減もなく力任せに脳を揺らす。ひとつずつ壊れていく記憶。
ガラスが割れるように、ぱらぱらと砂がくずれるように、『自分』が薄くなっていく。『葉』という存在が消える。
(苦しい) (少佐) (好き) (真木さん) (痛い) (笑顔) (京介の) (俺、) (誰) (紅葉)
(誰だっけ) (痛い)
(京介) (だれ、) (好き)
(思い出せない)
(好き)
(大好き)
時間にしてコンマ一秒の最期の瞬間、決壊した膨大な情報が溢れかえっては消えて行く。
混沌とした記憶の渦に、(サヨナラ)という別れの言葉はついぞ見あたらなかった。
Kids Nap―キズナ―6
――――
超能力とECMの解釈はえらい適当ですので怒らないでください\(^o^)/
ようやく次回からしばらく兵部と真木さんのターン
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