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ああ、またあの夢だ。
早鐘を打つ心臓を押さえて飛び起きると、そこは悪夢の続きのあの殺風景なコンクリートの廃墟ではなく、しぃんと静まりかえった自分の部屋だった。
記憶がない間過ごしていた清潔な居間ではなく、服やら本やら音楽CDやらが雑然と片隅に寄せられた、見慣れたワンルーム。振り返ると、テーブルにおいたやたらと胸の谷間を強調して笑うグラビアアイドルのカレンダーと目が合った。(日付は冬なのに水着で半笑いというのはどうなんだろう)。
カレンダーの横のデジタルの液晶は真夜中の2時過ぎを示していた。
喉がからからに渇いている。このままではどうせ眠れないからと、何か飲みに行こうかと起き上がり、床に落ちていたTシャツに袖を通す。が、シャツから見える腕や手首に赤い痣がいくつかまだ残っていたことに気付いてその上からさらにパーカーを羽織った。
広い船のことである。
居住区もいくつかにわかれていてこのエリアは兵部を中心にした幹部の部屋がいくつかあるだけだ。
遅い時間のせいかラウンジ兼キッチンまでの道行きに出会う人もなく、たしたしと響く人影のない廊下を一人で歩いているとまた思考が沈んで行きそうになる。
あんな夢を見たからだ。
もう怪我もいくつかの微細な傷を除けばすっかりよくなったはずなのに、どうして繰り返し同じ夢を見てしまうのだろう。兵部の姿の男に理不尽な暴力を受けたことだって、隙を見せた自分の失態だと割り切っている。あそこで記憶を切り離した選択もこうして今生きているのだから結果良しと言ったところだろう。
気がかりがあるとすれば――それは意識が切り離されバラバラになった闇の中で気付かされた感情。
あんなことさえなければ、育ての親への、忠誠と親愛以上の想いを自覚することなど一生なかったはずだ。
(あぁちくしょう最悪だ)
葉は足元から背中を撫でる冷えた焦燥にふと足を止め、頭を抱えてうずくまった。
記憶を破壊してまで守りたかった意地もプライドも、全てがたった1人の大切な育ての親に帰結するのだ。彼のためなら死んでもいいと思っているが、結局は縋ってしまった。
唾棄すべきあの行為の最中に、兵部を思い出し無意識にでに彼を想うことですがりついてしまった自分が許せない。これならばいっそ、記憶がない間のように兵部のことを憎んで嫌いでいられたままの方がまだ楽だったかもしれない。自分が兵部のことをそういった目で見ていたなんて、愛情とは対極にある行為の最中に気付かされるなんてどうかしている。それも兵部を侮辱するような下劣な男の手でオカされながらだ。
(少佐にだけは知られたくなかった)
兵部には、自分自身も気づかなかった浅ましい感情も、あの時何があったのかも全部知られているのだ。
思い出すだけで死にたくなるような屈辱と怒りが、胃の奥から吐き気になって這い上がり、またそこから動けなくなる。
デッキへ繋がる回廊までよろけるように出て、窓をあけて凪いだ風にあたる。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み深呼吸をすると少しだけ気分がマシになった。と、同時に、頬を撫でる風にもう一つ嫌なことを思い出した。
記憶の無い間の出来事は既にぼんやりとしか思い出せないが、そういえばあの時、兵部に好きだと言われなかっただろうか?それも、サイコダイブでもっと深いところに潜るためにキスもされて。
(いくらなんでもありえねぇだろ)
それを引き金に記憶を取り戻したのだから、こちらはもう動揺を通り越して腹が立つ。
(あぁ、もう。どうしたいのかさっぱりわかんねぇ)
たしたし、とサンダルの足音が敷かれた絨毯に響く。
気付くと葉はキッチンではなく兵部の寝室の前に居た。
――――――
兵部は体の上に乗る圧迫感に目を覚ました。
すでに現役ではないとはいえ、超能部隊の兵士であった兵部は未だに人の気配には敏感だ。それでもこうやって寝床に侵入されるまで気付かないでいたのは、そばにある気配が昔からよく知る愛しい子供のものだったからだ。それでもさすがに驚いて、眠たそうにぼんやり焦点を結ぶ切れ長の鋭い目を二三度瞬かせた。
「……何してるんだ?葉…?」
「……眠れないんだ」
葉は兵部の腹にまたがるように座りこんで俯いていた。
「どうしたの、重いから降りろよ」
兵部から葉の表情は見えない。ちょうど腰に沿わせて置かれた手を取り透視を試みたが、余程強い精神力でガードしているのか、あるいは正しい感情プログラムが抜け落ちているのか不気味な程穏やかな表層からは何も透視みとれなかった。「そういえば、鍵はかけてあったはずなのになあ」と場違いにのんきなことを思いながら兵部は手を上に伸ばして葉の頬に滑らせた。
「寝れないなら昔みたいに一緒に寝るかい?」
小さいころから君は怖い夢を見るといつも僕のところにきたよね。
拾ったばかりの、葉がまだ3つか4つのころを思い出して兵部は苦笑した。14、5年も前のことだが長い時を生きている兵部にはつい最近のようにも思えた。
「ん……寝る」
「じゃあとりあえずそこから降り――」
「ねぇ少佐、俺のこと抱いてよ」
自分は何か聞き間違いをしたのだろうか。
しかし葉は身を乗り出しただけだった。自分をまっすぐに見つめる、今にも泣き出しそうな切羽詰まった瞳に気圧された。兵部は茶化すのはやめにして、代わりに距離が近くなった分触れやすくなった頭に手を伸ばして囁いた。
「急にどうしたのさ?」
こんなに近くに触れていても、相変わらず思考は読めない。
柔らかい髪に指を絡ませ、後頭部から耳の後ろをいったりきたりと宥めるように撫で、続く言葉を待っていると、葉はようやく口を開いた。
「俺、アイツ等にやられたんだけど」
「……知ってるよ。だからそんなこと言わなくていい」
「……じゃあこっちも知ってるよな?透視したんだから」
葉は言うが早いか、兵部を組み伏せるようにすっと身を屈めると顔の上に覆い被さり、薄く開いた兵部の唇に触れた。掠めるだけの短いキスに兵部は戸惑うまもなかった。
「知ってるんだろ?少佐。俺の心の中も透視たんだから」
葉は再び繰り返す。部屋は薄暗く、おまけに唯一のサイドテーブルからの光源からは逆光になり、葉の表情はよく見えなかったが、やはりいつもの彼とはほど遠い無表情で兵部を見下ろしていた。
「……そうだね、知ってる」
兵部が繰り返し透視したあの記憶からは、触れるこちらが苦しくなるほどのひたむきな献愛が視てとれた。ここまで盲目的にさせてしまったのは自分の教育方針が間違っていたせいだろうか。
「でも、葉こそ知らないだろ。僕だって君のこと同じように思ってるんだけどな」
「じゃあ、抱いてよ。一度気きりでいいから」
やはりどこかで育て方を間違ってしまったのだろうか。こんな臆面もなく直情的な物言いをするなんて、と兵部は眉を顰めた。
「おやおや、僕の気持ちは無視かい?」
「なんで?少佐も俺のこと好きならいいじゃん」
「好きだからこそ出来ないよ、君の自傷行為に手を貸す義理はないね」
兵部の目には、葉は罰され傷つきたがっているように見えた。
今触れることは、互いを傷つけあう結果しか生まないと思ってたからこそ、この数日は遠目から見守るだけで必要以上に近づくことはしなかったのに。
「………っ!!!」
兵部はふいに瞬間移動で自分と葉の体の位置を入れ替えた。
今度は逆に葉が押し倒される形になり、それまで能面のようだった葉の無表情が僅かに歪んだ。
「……ほら、本当は触られるのだって怖いのに、どうして抱けるっていうんだよ」
「それでも、いいから」
目を瞑り囁く声は聞き取れないほど小さく掠れている。
不自然に密着した肌から、身体中が心臓になってしまったような鼓動がひびく。
「おねがい」
ほとんど泣き出しそうな感情がが触れた指先から熱になって伝染した。
Kids Nap―キズナ―14
―――――
最初からこれくらいテンポよく行けばよかった。
だらだら続いてしまってすみません。
あと一回ですのでよかったらおつきあいくださいませv
お気に召したらぽちっといただけたら嬉しいですv