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「動くな」
背後から短く制するその声に、真木はびくりと反応する。電流が神経を駆け抜けたような反射で動きを止めた。熱い湯を注いだばかりの珈琲カップが手から滑り落ちた。しかしカップはフローリングの床に墜落するのを免れて、不可視の力で宙に浮いた。もちろん中身のホットチョコレートも無事である。
「なんだよ。そんなに驚くことないじゃないか」
兵部はそういうが、真木は何も驚いたわけではなかった。単なる条件反射であり、老獪な子供の我が儘を、誰より近くで聞いているからこそ染みついた馴れとも言えた。
「で、なんです?」
「君の髪に赤い糸くずがついてたから取ってやろうと思って」
兵部はひょい、と真木の男にしては珍しい癖のある長髪に手を伸ばす。
たかが糸くずくらいでそんな真剣な声で呼び止めないでほしい、一体何事かかと思ったではないか、とごく真っ当なぼやきをかき消したのは、腕を伸ばした拍子にふわりと立ちのぼった兵部の匂い。
「はい、とれたよ」
「あの、少佐」
清潔なシャボンとレモングラスが、まだ水気を充分含んでいるバスローブの袖口からのぞく。思わず身を一歩引いてしまったのが兵部は気に入らなかったらしい。
「……っ!」
長身の真木を念動力で固定するとあっという間に寝床に叩きつける。移動手段がテレポートでなかったのは下降線を描く兵部の機嫌の問題だ。
スプリングの効いたベッドに叩きつけられた真木の腹の上に、兵部自身は優雅に腰を下ろす。もっとも、足を開いてまたがっているので行儀が良いとは言えない。ふわりとバスローブの裾が広がった。
「しよ?真木」
「い”っ……?!」
情緒のカケラもない誘いに適切な返事が出なかったのは、真木が色事に愚鈍という理由だけではない。予測される抗議をキスで事前に封じる。言葉はむしろ、直接的な誘惑への合図に過ぎなかった。
兵部はニコリと笑うと、真っ赤になり目を逸らし拒絶を示す真木の頬を包んだ。柔らかい唇を食み、濡れた舌を押しつける。歯の根を緩くなぞると暖かい咥内がゴクリと息を呑むのが伝わった。
「……ぁ、はっ。その気になったかい?」
「…っ、……急すぎなんですよ、いつもあなたは」
「しょうがないじゃん。風呂から出たら君がいて、ムラムラしちゃったんだから」
相手してよ、とわざと蓮っ葉な物言いをするのは、兵部なりの照れ隠しなのだと真木は理解している。
でも今は。
「体を休めるのが先決でしょう。昼間の怪我だって」
「ああ、あんなのたいしたことじゃないさ。君たちが頑張ってくれたからね」
兵部は枕に広がる真木の髪を一房掬った。艶やかな黒髪は、力を発動させると敵を切り裂く刃にも、空を飛び仲間と兵部を護る翼にも変わる。今日は、バベルとの小競り合いよりも厄介な、エスパーを利用する普通人の犯罪組織が相手だった。
「当然のことです。だからその立場で言わせてもらえば、少佐、今夜はどうか休んでください」
常備薬にくわえ、栄養剤の補充分も減っていることは知っている。ただでさえ白い顔色だって今は透き通るようだった。目の下にだって疲れが現れていた。
とてもじゃないがこの状態の兵部に、いくら本人がそれを望んでいるとしても無理を強いるのは躊躇われた。
「ふーん。そこまで僕の状態をわかってるのに、僕の心まではわからないのか。たいした『右腕』だな」
「か、勝手に透視ないでください」
兵部は真木の唇の輪郭を指でなぞる。キスしたばかりの濡れた感触を楽しみながら笑うと、柔らかい銀髪が肩のところでさらりと揺れた。
「くたくたになるまで思い切り抱かれて、そのままぐっすり眠りたい気分なんだ。だから真木も痩せ我慢しなくていいよ。夢も見ないくらいめちゃめちゃに抱いてよ」
真木とて本当は、許されるならば兵部にすぐにでも触れたいし、いつまでも腕の中に閉じ込めていたい。ただし強すぎる傾倒は、壊して踏み躙って汚したい衝動との二律背反なのだ。
「……ご自分を粗末に扱うような発言は慎んでください」
「だいじょうぶだろ。僕はきみに「粗末」にされたことなんて一度もないんだから」
「買いかぶりですよ」
諦めたようにそれだけ言うと、真木は兵部のバスローブに手を伸ばす。腰紐のリボンを解きゆっくりと前を寛げた。
「いつからこんなふうに?」
既に形を見せ始めているそれを、意図して揶揄したわけではないが、兵部は頬を赤らめて唇を尖らせそっぽをむく。指を絡ませると、じわりと雫がにじんだ。
無垢とは到底表現し得ない、擦れきった賢老だが、眼前に押しつけられた白い華奢な肉体だけは15才の年齢通りに頼りなげに揺れる。自分から誘った癖に、真木が手を伸ばすとふるりと震えるのがどうしようもなく庇護欲をそそられた。
「ぁっ、……はぁ……」
「気持ち良いですか?」
「……、聞、くなよ、そんなことっ」
その通りだ、と真木は胸の内で苦笑した。仰向けになった真木からは、その腹の上に座る兵部の表情を、一つも逃すことなくよく見える。
仰け反らせた細い首も、眉を寄せて呻く愉悦も、恥じ入って硬く結ばれた唇も。
しかしこれだけではまだ足りない。この体勢では少し届き辛いが、なんとか腰を抱き寄せると、何をされるか解った兵部がほんの一瞬だが明らかな拒絶の色を見せた。
「ま、ぎ」
呟かれた名前を了承と受け取り、快楽を探り当てるように指を後孔に押し当てる。するりと飲み込んだ指で内壁をまさぐると、すぐに茎が跳ねる。とろりと糸を引いた透明の雫が真木の腹の上に落ちた。
一差し指を埋め込んだら次は中指。短い悲鳴があがる。
傷つけないようこのためにだけ切りそろえた爪だから、まさか引っ掻いてしまったとは思えない。二本の指をタイミングをずらして動かすと、涙をいっぱいに溜めた切れ長の瞳が真木を睨み見下ろした。
「も、いっ…からっ…!」
「ですが慣らさないと」
「はっ、何言ってるんだ、君だってツラい癖に」
兵部は後ろに手を伸ばすと衣服の上から真木の熱に触れる。
下着越しにもはっきりと形を示しているそれを指先でなぞり、勝ち誇ったように微笑んだ。
「血を流しても知りませんよ」
「……それくらいでちょうどいいさ」
その言葉に僅かに引っかかりを覚えた真木は、しかし下着を脱がせる兵部の手慣れた指の動きにうやむやにされてしまう。真木の熱を手の平で包むと兵部は腰を浮かせ、まずは入り口に押し当てる。さすがに躊躇したのか小さく息を呑む兵部に、慌てて声をかけた。
「少佐、何もそこまで…!無理しないでください」
どう考えても、このままの騎乗位よりは正常位のほうが兵部に負担がかからないはずだった。背中を柔らかいシーツに預けるだけでもだいぶ呼吸も緊張も楽になる。だいたい、このままリードされっぱなしというのも居心地が悪い。身を起こして対面に座るように抱きすくめると、兵部は瞳を揺らした。てっきりまた何か文句を言われるのかと思ったが、
「君の好きにしてくれるのが、本当は一番嬉しいんだ」
と呟き、真木の広い肩に顔を埋めただけだった。
体をひっくり返し、今まで真木が寝ていた枕に柔らかい銀髪が広がった。とっくに脱ぎ落とされたバスローブを拾って丸め、兵部の腰の下にクッション代わりに押し込む。負担は少ないが腰が浮き上がる体勢に兵部は顔を背ける。頬にキスしてから、今度こそゆっくりと、結果として焦らされ余計に怒張した塊を突き入れる。
「これで全部入りましたよ…」
「ん、ん、っ……ぁ…はぁっ」
じりじりと侵入する動きに合わせた小刻みな呼吸が止む。熱い塊が全て納まり、兵部は鳴き声に似た吐息を漏らしながら真木に腕を回し足を絡ませる。誘われるようにゆっくりと腰を動かそうとした時だった。
「真木、動くな、よっ」
「っ……?」
どこかで、ついさっき聞いたのと同じ台詞。
もちろん真木は、この気紛れな主の不興を買わないようにと、今すぐにも手放されそうとする理性と必死に戦う。しかし口先の命令に反し、きゅうきゅうと絡みつく肉壁は簡単にそうさせてくれない。真木が動かずとも、柔らかくうごめく襞に、理性はあっさりと打ち砕かれてしまいそうだった。燻る欲をごまかすように、真木は兵部の髪を梳くように撫で、もう片手は顔の横につく。
「……は、ッ」
見上げる兵部の目にはどう映っているのか、少なくとも望む結果をもたらしたらしい。気に入りの玩具を見つけたようにどこか得意げに微笑んだ。
「忠犬って言葉がぴったりだね、真木は」
真木は返す言葉が見つからず、首を振った。そうしても今すぐにでも制御をなくしそうな欲はちっとも収まってくれなかった。
「少佐、もう……」
「は、ハハっ。イイ顔だな。そうだ、僕がいいっていうまで動かすなよ」
そのサディスティックな命令を、兵部は余程気に入ったらしい。自分自身の言葉に反応するように兵部の内側の肉が収縮した。
「イヤらしい人だ」
動くな、と言われた言葉には反しないまま、指を兵部自身に絡ませる。上下にしごくと今度は兵部の腰が揺らめいた。
「ぁ、ん、な、なんだよ…真木のくせに」
「動いてもいいですか……?」
耳元に唇を寄せ、温度の低い囁きを流し込む。逆に問われた兵部は、これ以上意地を張るつもりはないようだった。
「あ、もう…、いいぜ……好きに、し……」
言葉の最後まで待たなかったことをあとで咎められようとも、それはその時だ。真木はようやく与えられた許しに、むしろよくぞ理性が持ったものだと苦笑した。叩きつけるような律動にあわせるように、兵部に絡ませた指も動かす。
「ん、ぁっぁ……」
「……少佐、俺、も、」
少しきつめに擦ってやると呆気なく白濁を吐き出し、次いですぐ真木も達した。熱い肉が最後の一滴まで絞り取るように絡みつく。肺を空っぽにするように大きく息を吐き出すと、早くも意識を失いかけている兵部の頬に軽く触れる。
「がっつきすぎだよ、腰が痛い」
「すみません……」
「謝ることはないさ。僕が誘ったんだよ?」
それでも、二人分の体液に塗れ胸を上下に息を荒げ苦しげにぐったりと呻いている姿を見れば、真木でなくても土下座の一つや二つしたくなるのも当然だった。がっくりと項垂れる真木に兵部はゆっくりと手を伸ばして黒髪に触れる。
「むしろ君は、僕がこれだけ誘ってるのになかなかエンジンのかからない、その煮えきらない態度を改めるべきだと思うぜ?」
何がおかしいのか、兵部は上機嫌に声をあげて笑った。
まだそんな元気があったのか、というよりもむしろ、どこかの女管理官のようにイキイキしているように見える。それは実際に生命エネルギーを吸い取ったためというよりも、もっと単純なこと。
「大好きだよ、真木。ありがとう」
一緒に寝よう、と言うように兵部は真木の髪をひっぱって隣の開いているスペースを手の平で示した。真木が戸惑いながらそこに体を落ち着けると、兵部はふぁ、と欠伸をして安心したように背を丸めた。
「少佐、俺も、あなたを愛してます」
しかしこの思いは到底言葉では言い表せない。
こんな言葉では、足りない。
悩んだ末にぎゅうときつく腕の中に抱きしめると、兵部は満足したように目を閉じた。
お気に召すまま
As you like
――――
真木さんの鉄壁の理性は難攻不落です。
お気に召したらぽちっといただけたら励みになります…!