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「真木さん、僕コーヒーいれましょうか?」
「いや……おまえは座ってたらどうだ?遠慮することはないんだぞ?」
どうにも落ち着かないのは少佐の姿をしたこの少年ロボットも同じなのか、しきりに部屋をうろうろしていた。俺はといえば、デスクワークの残りに手をつけている。海外組織との交渉、バベルの監視、資金繰りなど、パンドラは行き当たりばったりの犯罪組織に見えてもこういった地道な仕事が実を結んでいるのだ。
面倒を見ろ、と頼まれたところでこのメカ兵部は人間の子供じゃないんだから手はかからない。愛らしい庇護欲をそそられるような見た目はともかく、組み込まれたAIとしてはそこらの人間よりもよほど優れているだろう。
「でも、僕も落ち着きませんから」
そう苦笑するとメカ兵部は部屋に備えつけのミニキッチンへと向かった。まあ止めることでもないか、と再び書類に目を落とすが、彼が戻ってくるのは早かった。
香ばしい香りにふと顔をあげると、挽き立てのブルーマウンテンを乗せてやってくるのが目に入った。女物の着物を着せられ、鈴のついた下駄を履いて、よく転ばないものだと見入ってると、少佐そっくりの切れ長の黒目と目があった。
そのまま彼はにっこりと照れたように微笑んだ。心臓に悪すぎる。
「どうぞ」
「……すまない」
淹れたてのコーヒーを受け取って口に運ぶ。空になった丸い盆を胸のまえで抱えて微笑むようすは本当に大昔のカフェーの女給さんといった風情だ。一口啜って、美味いと告げると、その笑みはますます濃くなり思わず噎せる。
「げほっ……」
「わ、わ、だいじょうぶですか?!」
「いや、平気だ」
心配気に覗き込む顔は、そのパーツの一つ一つは恐らく少佐にそっくりなのに、あの人が絶対に見せない表情と仕草だからこちらとしては見てはいけないものを見てる気がして心拍数が大変なことになるのだ。こんなの開発して少佐をいったいどうするつもりだったのだと、ダメな方に水準が高すぎるバベルの技術開発室を呪った。
それにしても、少佐にはこのメカ兵部の面倒を見ろと言われたのであって、こんなふうに使役していては帰ってきた少佐に半殺しの目にあわされるのは自明だった。
少し考えたすえ、
「そうだ、本でも読むか?」
と提案してみた。子供(ではないが)の遊び相手としてそのくらいしか思いつかなかったしかなりの本好きの少佐に自分も幼い時にそうやって相手をしてもらったことを思い出しただけだったのだが、メカ兵部は思いのほかこの提案を喜んでくれたようだった。
ぱっと頬を染める少年を再びソファに座らせ、本棚からあまり専門的ではないが単純でもない読み物や図鑑などをいくつか引き抜いて渡した。白い小さな手が、大きな表紙を熱心に広げるのを見て、なんとなく自分も仕事に戻る気になれなくなっていた。彼が淹れてくれたコーヒーを片手に隣に座り、息抜きだと自分に言い訳をしながら隣に腰を下ろして読みかけの資料を開いた。
こうして熱心に本を読む人形のように整った横顔を眺めていると、少佐の小さいころ(戦中の写真に残るあの人もそうだし、催眠で子供の姿を取ったこともある)にそっくりなのでロボットということを忘れてしまいそうになる。が、ぺらぺらと紙をめくる音が僅かのズレもなく規則正しく響くのを聞いて、ああ、彼は人間ではないのだと思い知らされた。
もっとも、彼が人間でないことを残念と思うかと聞かれれば返答に困るのだが。
一人でも少佐は普通の子供100人分くらいわがままで手のかかるのに、少佐が2人もいたら大変なことになる。
(俺の理性的にも)。
おまけにこちらのメカ兵部は、なんというか、とても愛らしい。
素直で、子供らしくて、ほんものの少佐には似ても似つかない。
俺がじっと注視しているのに気付いたのか、メカ兵部が頭の鈴をしゃらりと鳴らして本から顔をあげた。どうしたんですか、と困ったように問われ、いやなんでもないと言葉を濁した。
それからまたぺらぺらと紙をめくる音だけが続いて、しかしふと気付いた時にはその音は止まっていた。
どうしたのかと顔をあげると、少佐によく似た小さな少佐は、頭を背もたれに預けて眠っていたのだった。ロボットが眠るのだろうか、と当然の疑問が頭を過ぎったが、そんなことよりも、少佐よりも格段にあどけないが少佐にそっくりの寝顔を見て思わず息を飲んだ。ぎょっとした、と言ったほうが正しいかもしれない。
「どうした?平気か?」
俺は読んでいた資料をテーブルの上に置いて、慌ててメカ兵部に声を掛けた。それは寝顔というよりぴくりとも動かず、青白い顔でまるで死んでいるように見えたのだった。睫毛の影が落ちる頬に思わず手を伸ばすと、柔らかいが、それは無機質な人形のように人の温もりは感じられない。少佐が死体になってしまったような、そんな馬鹿げた幻影に背中が冷える。白い頬も薄い唇も、少佐が人形になって時をとめて目の前に横たわっているような倒錯感にぞくりとする。
しかし頬を撫でるように揺り動かすと、すぐに変化が訪れた。
「ん、んー……」
呻くような吐息が零れ、静かな部屋にざらざらとした電子音が微かにひびいた。触れた頬は赤味がさし、暖かみが戻ってくる。なんだこれは、と絶句していると、長い睫毛がふるりと揺れて少年ロボットはぱちりと目を開いた。
「あ、すみません。一定時間たつと省バッテリーモードになって自動的にスリープするんです」
「……そうなのか」
メカ兵部はなんてことのないように一息に言うと(あたりまえだが寝起き特徴の覚束ない声音などではなく、そこもロボットだということを思い知らされた)、俺の、頬に触れたままの手をちらりと見た。
「……もしかして心配かけてしまったんでしょうか」
「それはまあ、当然だろう」
死体のように息もせず冷たく横たわる少佐そっくりの人形が目の前にあったら、自分でなくても心臓は止まるだろう。もっとも理由はそれだけではなかったが。少年は眉を顰めた俺の表情をどう勘違いしたのか、泣き出しそうな顔になって俯いてしまった。
「すみませんでした」
俺は、気付くとふわりと揺れる黒髪に手を伸ばしてしまっていた。
年端も行かない少年に(しかも彼は人間ではなく自律可動の人形である)、何をしているのだと自嘲しないでもなかったが仕方がなかった。
「ま、真木さん……?」
恐る恐る上目遣いに見上げる小さな少佐に名前を呼ばれて(いやこれはメカ兵部だ)、はっと我に返る。
動いていない少佐を見るのは耐えられなく、その暖かさを感じたかったのだ。
小さな体を包むように頭を抱くと、コンピュータの機械的な発熱がまるで人の温もりのように手に伝わってくる。微かに聞こえるモーターの唸り声は心臓の音のようだった。
しばらくして、少佐が帰ってきた時はとうに日が落ちていた。
「おかえりなさい、少佐!」
部屋の扉が開く音に、メカ兵部は本を置くと、にっこり笑ってぱたぱたしゃらしゃら下駄と鈴の音を響かせながら駆け寄った。
「ただいま、良い子にしてた?」
「はい!」
兵部はかけよる子供を少し腰をかがめて抱きとめ、頭を撫でた。
随分機嫌が良いようだった。俺は一歩遅れて立ち上がり、いつものように恭しく礼をした。
「おかえりなさい。バベルはどうでした?」
「上々。たっぷり落とし前つけてきたよ」
少佐はにやりと唇をつりあげて胸を反らせる。
女管理官をはじめバベルの連中に少しだけ同情をして頷いた。
「ところで、このこわーいお兄さんに悪戯されたりしなかった?」
少佐は親しみを込めてメカ兵部の頭を叩く。メカ兵部はぱちぱちと目を瞬かせた。
「そんなことありません。可愛がってもらいました」
「へぇぇえ。それは詳しく聞かせてもらいたいなあ」
ケラケラ笑う少佐は復讐を果たし終え充足しているのか心底楽しそうだ。
「いくらコイツが小さい僕に似て可愛いからって、浮気はよくないぜ?」
「ち、がいます!」
「あと幼児趣味」
「それも違います!」
学ランの腰のあたりにしがみついてどうしたらいいのかとおろおろと俺と少佐を見比べているいる人懐っこいロボットを、少佐はなんなく抱き上げた。
「真木は優しくしてくれたかい?」
「はい!面白い本をたくさん見せてくれました。優しい人ですね」
「フフ、僕もそう思うよ」
少佐と少佐によく似た小さな少佐は、これまたよく似たはにかんだような笑みを浮かべて顔を見合わせたのだった。
マリオネット・パニック2
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おっきな少佐と小さな少佐が2人いたら正直真木さんは大変だと思う\(^o^)/
ハーマイオニ兵部と真木兵だと、夫婦と子供みたいになっちゃうんじゃないかな
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