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だいたい、このベッドは一人で寝るには広すぎるのだ。
明け方に目を覚まして隣を見れば、気紛れな子猫はいつのまにベッドを抜け出していたのか、シーツと上掛けがぽっかり人型の空洞を作っていた。
思わず手を伸ばして見たけれど、そこには人の温もりなどない。
出て行ったのはもうかなり前なのだろう。だとすれば、今夜はきっと、もう戻ってこない。
気紛れな子猫の行き先はだいたい見当がつく。
『殺したいくらい嫌いで、食べてしまいたいくらい好き。』
葉は随分機嫌が良いときに、あの医者のことをそう評してした。
「それじゃあどのみちこの世から彼の存在は消えるじゃないか」
と呆れてみせれば、
「俺はアンタだけがいればいーの」
とこれまた随分上機嫌にじゃれつかれた。
この部屋のダブルベッドは、たいていは二人で寝ているが枕は一つしかない。
毎日通ってくる癖に、ここには居着かないいう意思表示のつもりなのか。
ただ単に、このベッドの枕が広すぎるというだけかもしれない。
シルクのカーテンがふわりと揺れる窓を見る。ちゃんと閉めていかないところがいい加減なあの子らしい。
閉めるのは簡単だが、そうしたらあの子は入ってこれなくなるかもしれない。
馬鹿げた感傷だ。エスパーは、内側からかけた鍵を簡単に外すことができるのに。閉めるかどうするか3分程迷って、結局開け放したままにしておいた。
再び浅い眠りに落ち、数十分まどろんだかもしれない。
薄紫の朝日とともにふわりと風が吹き込んで、気紛れな子猫が帰ってきたことを知る。
窓に背を向けて寝たふりをした。
まるで本当のネコのような忍び足、気配を消してそろりとベッドに潜り込む。
もぞもぞと毛布をかぶって、体を丸める。その隣で僕は息を潜めてこっそり観察。
知らないシャボンの匂い。どこかでシャワーを使ってきたのだろう。
葉は、僕の背中を抱きすくめるようにして腕をぴったり回す。
居心地の良い場所を探して、勝手に寝入ってしまった。
あっというまに眠りに落ちたすぅすぅとあどけない寝息に、言いたいことも忘れてしまう。
帰ってきたらとっておきのお仕置きをしようと思っていたのに。
寝ぼけたふりをして寝返りをうち、すっぽりと腕の中におさまったふわふわの猫毛を抱きしめる。
暖かさに安堵する。
あったかい、柔らかい、とくとくと穏やかな心音を奏でる抱き枕。
――
「今夜もでかけるのか?」
「へ?」
風呂上がりにベッドに寝そべりグラビア誌をぺらりとめくる葉に、意地悪く暗に昨夜のことを聞いて見れば、気まずそうに口ごもる。怒ってはいないよ、とあらかじめ言い置いて首筋にキスをした。
「あ、ぅ……」
甘えるように鼻を鳴らす。
くしゃりと指を絡ませた髪の間からふわりと香るシャンプーの香りは、よく嗅ぎ慣れたもの。
こっちのほうがずっといい。
「あー……ダメ、だった?」
「そんなことはないよ。無事に帰って来ればどこに行ってもいい」
不安そうに瞳を揺らす目尻に口づけ、それから左右の鎖骨の間の窪みの薄い肌に噛みつく。
赤黒い鬱血がじわりと肌の下に広がり、喉元に一つだけ花が散る。
それ以外は日々の小競り合いでつく傷以外、綺麗なものだ。
どうやらあの医者は、葉の体に跡は残さないらしい。
むしろ行くたび生傷が薄くなって帰ってるのはさすが生体コントロールが出来るESPドクターと言ったところだろう。
「これを見てあのヤブ医者どんな顔するかなぁーっ」
だからこの遊びは、ちょっとした嫉妬と、それをはるかに上回る好奇心。
「ちょ、マジ最悪!一週間は消えねーって!ひぁ、も、やめっ……!んっ!」
「一週間と言わず、今からでも行ってきなよ。あ、僕もついて行っていい?3人でするってどうかな」
「それ絶対バベルに通報されて終わりだから!」
僕は、葉の気持ちを知っている。
気紛れなふりをしている誠実さを知っている。
人好きのする笑みで相手をふらふら変えるのは、一方向に向けるだけでは相手を潰しかねないほどの重く情が深い愛との兼ね合いなのだということを知っている。
でも葉は、僕の気持ちを知らない。
だから今夜もこのあとベッドを抜け出して、かといって例の男の元に行くこともせず、火照った体を醒ましにあの波に浮かぶ冷えた月を見に行くのだろう。
たった一人で。
プレイ
――――――――
ちなみに前回、前々回の文体は早々にあきらめました\(^o^)/
飼い主が好きすぎて大切すぎて自分を制御するためにふらふら出かけちゃう子猫と、大好きだからまるっとお見通しな飼い主。心理的にはウェットなのに一見ドライな関係の兵葉でした。
あ、ちなみに前も書きましたが皆賢前提なので賢木さんも皆本さんにまるっきり同じ感情を持ってるのでだから葉と賢木先生も傷の舐めあい的に気があってるって感じで一つ。
わかりづらくてすみません。
お気に召したらぽちっといただけたら嬉しいですv