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「クリスマス?」
紅葉はきょとんと首を傾げ大きな木を担いで窓から入って来た兵部を見上げた。深緑色のとげとげした葉がさやさやと鳴る天辺は、床に垂直に立てかけると、天井についてしまうほどだった。
「……どこから持ってきたんですか、こんなの」
司郎は「おかえりなさい」と兵部を向かい入れると銀色の柔らかそうな髪に幾つも絡まった枯れ葉を取った。どこかの山に入って無断で拝借してきたことは間違いなさそうだったが一応聞いてみる。すると兵部は、
「ドイツ」
とあっさりと答えたのだった。
兵部程の能力者にしてみれば、ちょっと隣町のショッピングモールまで電車を乗り継いで買い物に行くのと変わらない労力なのかもしれないが、まだ兵部の大胆さに慣れていない子供達は揃って面食らった。(イマイチ地理などがピンと来ない葉だけは、突如部屋に現れた大きな緑色の木を不思議そうに見上げていた)。
大口を開けてぽかんと兵部を見遣る司郎に、兵部はどこからか大きな白い箱を出現させてちょいちょいと手招きする。
「司郎、仕事」
「は、はい」
いくら呆けていても、兵部の命令一つで司郎は我に返る。反射的に箱を受け取った。
「飾りもいっぱいあるからね、紅葉と葉とやってごらん」
仕事ってこれか、と司郎は大きな箱に所狭しと詰め込まれた星やオーブのキラキラしたオーナメントを指で摘んで眉を顰めた。プラスチックだったりガラス玉だったり、色取り取りの小さな宝石のような輝きに、なんだろうと箱を覗き込んだ紅葉も顔を輝かせる。
「コラ。なんでもかんでも口にいれるな」
りんごの飴玉のように見えなくもない赤色のセロファンの小さなボールに手を伸ばし、ぱくりとくわえた葉を、兵部は苦笑いを浮かべて抱き上げた。そして大きな木を見上げたままじっと固まっている司郎の肩を叩く。
「君たちは、クリスマスは初めてかい?」
「……そんなことはありませんが」
物騒で治安の悪い紛争地域でも、否そんな情勢だからこそ、主に祈りを捧げることももっと身近なものとして知っていた。
「じゃあ話は簡単だ。うんと楽しいものにしようね」
「楽しい、ですか」
「プレゼントをもらって美味しいケーキを食べて、歌って踊……りはしないかな。とにかく楽しいお祝いだよ。4人でするのは初めてだね。でもこれからはずっと一緒にするんだ」
いつになく流暢な言葉に、司郎も気圧されてこくこくと頷いた。その横ではさっそく紅葉が物知り顔で星や雪の飾りをセンスよくモミの木にぶら下げていく。
「さすが、女の子はこういうの上手だねぇ。君ももうちょっと頑張れよ」
手にした大きなクリスタルの星を持ったまま、うんうんと唸ってる司郎を振り返った。ツリーのてっぺんにはもう黄金の一際大きな星が輝いているし、他の葉先も充分に雪だるまやオーブで装飾されているのだ。どこに置いたとしてもバランスが悪そうに見えた。
司郎は悩んだ挙げ句、「なんでこんな面倒なことを」と溜息とともに適当な手の届く枝にくくりつける。
その背後で、小さなキラキラ光るプラスチックの星を持った葉が兵部の腕の中からふわふわと浮き上がって宙を泳いだ。それに気付いた紅葉が司郎の背にあっと小さく声をあげる。
「しろーちゃ……」
「紅葉、シィーッ…」
兵部は紅葉の口を塞いで、内緒話をするように唇に人差し指を当てた。「ん?」と振り返る司郎に、兵部と紅葉は何でもないと手をふった。訝しみながらも再びツリーに向かう司郎に、悪戯好きな育ての親と娘は顔をあわせて笑いあう。
果たして、葉によって結びつけられた小さな星は、司郎のぼさぼさの癖っ毛にくっついたまま、その日の夜まで気付かれることはなかったのだった。
――――
「えーと、あとはターキーと…炭酸の葡萄ジュースと……。あ、ついでに司郎のコートも新調しようか」
華やかな音楽が溢れ、色取り取りの電飾がぴかぴかと光る街路樹が並ぶ石の歩道を兵部と司郎は連れだって歩く。道の両側は似たような煌びやかなウインドウが連なっていて、ここでもクリスマスの喧噪は冬の空気を浮き立たせていたのだった。
「ちょ、ちょっと待って下さい少佐!これ以上持てませんて!」
両手いっぱいにリボンとパステルカラーの紙で包まれた化粧箱を抱え、荷物のせいで真っ直ぐに前を見れないまま司郎は横を歩く兵部に叫んだ。積み上がった箱がぐらぐらと今にも倒れ落ちそうだった。サイコキネシスで固定すると首を傾げる。
「僕だって半分は持ってるじゃんかー」
両手にぶら下げたビニール袋を得意気に揺らして兵部は頬を膨らませた。
「そういう意味じゃなくてですね」
はぁ、と溜息をついて司郎は首を振る。
「いっぺんにこんなに買う必要はないんじゃないかと」
兵部のぶら下げた袋の中身は大量に買い込んだ食料品で、司郎が持たされているのは留守番の紅葉と葉の衣服や靴や鞄や、本や玩具の類だ。
「だって楽しいじゃんこの時期のショッピングって。ついつい目移りしちゃうんだよね。それにおまえと二人で買い物なんてあまりないだろ?」
兵部のそれは、単なる計画性のなさだったり気紛れによるものだと充分知っている司郎は、兵部の言い分にも冷静に切り返した。
「それって、俺が荷物持ちにちょうどいいってことですよね」
「あははっ。ばれた?」
朗らかに笑ってちろりと赤い舌を出す。その無邪気さはどちらが子どもかわからない。司郎は「その袋も俺が持ちます」と炭素で精製した髪を硬く長く伸ばして兵部の手から荷物を奪った。
道行く人々に怪しまれない程度のほんの一瞬の出来事だった。しっかり兵部の分の荷物も抱え直す、ほんの少し頬を赤らめた横顔を見て兵部は意地悪く笑った。
「司郎は優しいねえ」
「はっ?!い、いきなりなんですか!」
「んーん、べーつにー」
「気持ち悪いですね、人の顔見てにやにやしないでください」
「だってさあ。せっかく二人きりなのに」
司郎は兵部の不在の時はもちろん5つと9つも離れた二人の面倒を見ていたし、逆に兵部がいる時は二人に兵部を取られてしまうのだ。
「おにーちゃんも、もっと甘えていいんだよ」
今度こそ誤魔化しようがないほど耳まで真っ赤になった司郎の顔を、にやりと悪戯めいた笑みを浮かべて覗き込むのだった。
ADVENT 3
――――
この頃から無自覚に少佐ラブを自覚しつつある真木さん\(^o^)/
あと一回です。なんとかクリスマスに終わりそうでよかった。
メリークリスマス!
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